第44話 絶対防御
◇◇◇◇◇◇◇◇
絶望しか無かった。
ガーディアンは想像を絶する化け物だった。
冒険者達は自分達の見通しが甘かった事を知った。
戦闘に参加した冒険者達は158人。
カーネルの町の主だった冒険者が、ほぼ全員参加した戦いと言っても良かった。
彼らの攻撃はガーディアンに通じなかった。
いや、全くダメージを負わせていないという訳ではない。
実際にガーディアンは、時々怯む様子も見せていた。
だがそれだけ。
あるいは、このまま何時間も戦い続ければ、この強敵を倒す事も可能なのかもしれない。
しかし、彼らにはそのための時間が残されていなかった。
そう。魔力切れである。
冒険者がその身に纏う
魔力によって生み出されるこの鎧は、受けたダメージを魔力で肩代わりするという優れた性能を持っている。
そして魔力を攻撃スキルに変える力も持っているのだ。
つまり魔力は、ゲーム的に言えばHPとMPを兼ねた役割を果たしているのである。
この便利な魔力。
しかし逆を返せば、冒険者の力は魔力に依存している、とも言える。
激しい戦いの中、冒険者達の魔力はみるみるうちに消耗していった。
魔力が切れてしまえば
ただの人に成り下がってしまうのである。
現在、まともに戦っている冒険者は三~四十人程。
残りはケガをして戦えないか、魔力を使い果たして逃げ回っている者達だけ。
全員の心が絶望に塗りつぶされたその時。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はひとまずガーディアンの側から離れる事にした。
今の俺は【絶対防御】というスキルに守られている。らしいが、自分では自覚が無い。
装備は全て、剣も含めてガーディアンに押しつぶされた時に壊れてしまった。
今はインナーであるシャツとズボン。それと意味があるのか無いのか分からない例のSM的な
「とはいえ、手ぶらというのは流石に落ち着かないな。おっ、しめた」
足元に誰かが落とした盾が転がっていた。
「壊れてはいないな。誰の物か知らないが使わせて貰おう。エミリー! エミリー!」
俺は走りながらパーティーメンバーのエミリーを呼んだ。
エミリーは俺の声を聞き付け、隠れていた窪みから身を乗り出した。
「アキラさん! さっきガーディアンに襲われてましたが、大丈夫ですか?!」
「それより装備の強化を頼む! この盾だ! 急いでくれ!」
俺は彼女から見えるように盾を大きく掲げた。
「分かりました! 能力向上!」
エミリーのジョブは【
しかし、エミリーは自分から積極的に戦うような性格ではないため、後方から仲間の装備を強化する、バッファーの役割を任せていた。
「あ、あれ? えっ? あれ?」
「どうした?」
エミリーは驚いた様子で何度も首をかしげた。
「ま、魔法がかかりません!」
「何だって?!」
ハッと驚いて盾を見ると、確かに、装備強化時にいつも現れる紫色の光が見当たらない。
「もう一度試してみます! 能力向上! えっ?! またダメなの?! どうして?!」
「もういい! もういいから止めるんだエミリー!」
エミリーは泣きそうになっているが、これは多分、彼女のせいではない。
(俺のスキル・絶対防御のせいか)
おそらく絶対防御は敵からの攻撃だけでなく、味方からの援護魔法もはじいてしまうのだろう。
言われてみれば、ハンナのエリアバフの効果も失っているようだ。
「つ、使い辛い・・・。相変わらず俺のジョブは癖が強すぎる」
「ア、アキラさん!」
エミリーは必死の形相で俺の後ろを指差した。
背後から迫る圧迫感。
慌てて背後を振り返ると、俺のすぐ後ろにガーディアンの巨大な影が迫っていた。
冒険者達が「危ない!」「気を付けろ!」と叫んでいる。
「コイツ! 俺を狙っている?!」
どうやら俺はガーディアンに目を付けられてしまったようだ。
ガーディアンは俺を逃がすつもりはないようだ。
シューシューという威嚇音を立てながら俺の背後に迫っていた。
俺はチラリと
(残り二分を切ったか。だがこれだけあれば――)
これだけあれば、もう一度ガーディアンの攻撃を凌いで安全な距離まで逃げられるだろう。
「アキラ!」
「アキラさん!」
「大丈夫だ!」
俺はココアとエミリーの声に答えると、足を止めてガーディアンを迎え撃つ体制に入った。
「さあ、来い!」
ガーディアンはサッと噛ま首をもたげると、スルリ。俺のすぐ真横を通過した。
「なにっ?!」
コイツの狙いは俺じゃない? まさかエミリー達後衛か?!
俺は一瞬血の気が引いたが、ガーディアンの狙いはあくまでも俺だった。
シュルッ。シュルシュルシュル・・・
「し、しまった!」
気付いた時には遅かった。俺の視界はガーディアンの巨大な体で埋め尽くされていた。
コイツの狙いは
俺はガーディアンを侮っていた。ガーディアンは力だけではなく、知恵も持っている。
コイツはあの一撃で俺に正面から挑んでも無駄だと知ると、搦め手で攻撃する事にしたのだ。
ギチッ!
ガーディアンは俺を中心にとぐろを巻くと、その巨大な体で俺を締め付けた。
(マズイ! コイツはマズイ!)
俺は頭の芯が熱くなる程の焦りを覚えていた。
ガーディアンの狙いは俺を絞め殺す事。攻撃を躱されたのなら、次は相手が逃げられない攻撃をすればいい。おそらくそう考えたのだろう。
南アメリカのアナコンダは、ワニを絞め殺して食う事があるという。
体長数メートルのアナコンダでそれ程の力を持っているのだ。体長数十メートル、しかもモンスターであるこのガーディアンがどれ程の力を持っているかは想像も出来ない。
しかし、俺のスキルは文字通りの絶対防御。
ガーディアンがいかに怪力であろうが関係ない。
実際、今の俺は多少息苦しいだけで、命の危険は感じていない。
そういう意味では、ガーディアンの目論見は失敗したとも言える。
しかし、この攻撃はスキル・絶対防御の弱点にピンポイントで
(このままだと、MPが尽きてしまう!)
そう。制限時間である。
締め付けで死ぬ事は無くても、今のままでは身動きが取れない。
そしてスキルの残り時間は二分を切っている。
MPが切れ、絶対防御が解除された途端、俺の体はガーディアンの巨大な体で跡形もなくすりつぶされてしまうだろう。
(その前に何とかしないと! だが、どうすればいい?!)
焦るばかりで良い考えは浮かばない。
MPの残りは遂に100を切り、二桁になっていた。
一秒ごとに迫る来る死の恐怖。
俺は叫びたい気持ちをグッと堪えていた。
(とにかく、何でもいい! あがけるだけあがくんだ!)
このまま死んでたまるか!
俺はやけくそになって両腕をグイっと左右に広げた。
次の瞬間、ガーディアンの締め付けはスルリとほどけ、俺はあっさりと脱出していた。
「は?」
え? あれ?
「おい、どうなったんだ?」
「何をやったんだお前」
周囲には武器を構えた冒険者達が立っていた。
どうやら俺を助けようとガーディアンに攻撃を仕掛けていたようだ。
「アキラ! 大丈夫なの?!」
ココアが飛び出して来ると俺の体に抱き着いた。
「よせ危ない! 今の俺はスキルで守られて――って、あれ? ココア、なんでお前は何ともないんだ?」
「何ともないって、それは私のセリフよ!」
ココアは俺の無事を確かめるように、俺の体をバシバシと叩いた。
しかし、俺のスキルは何の反応もしない。エミリーの魔法ははじいたのに一体なぜだ? 訳が分からん。
「それより危ないぞ。ガーディアンが・・・あれ?」
ガーディアンは俺から距離を取ると、シューシューと威嚇しながら鎌首をもたげている。
どうやら二度も自分の攻撃を防がれ、戸惑っているようだ。
ヒゲの中年男、『鉄の骨団』のドランクが冒険者を押しのけ、俺の前にやって来た。
「おい、アキラ! テメエ今何をやりやがった?! 俺達の攻撃はヤツには蛙の面に小便、全く効いてなかった! テメエが何かやったに決まってるんだ!」
俺はドランクに向き直った。
「すまないが残り時間がもう一分を切っている。ヤツに勝ちたいなら今は俺の言う通りにしてくれ」
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