第15話 首切り蜂

 ダンジョンの森を行く事しばらく。

 俺達は目的地である四階層へと到着した。

 俺はココアとエミリー、二人に振り返った。


「ここからは順路を外れる。モンスターも現れるから周囲に注意してくれ」

「分かったわ」

「わ、分かりました」


 ココアは気合十分に、エミリーは自信無さげに返事をした。

 俺はさっきの休憩の時に見ておいた地図を頭に思い浮かべた。

 幸いな事に、ココアが勝手に受けていた討伐依頼――大きく育った蜜蜂モドキの巣の駆除――は、順路からそれ程離れていない。


(流石に正確な場所までは分からないが、そう遠くないのは間違いないだろう。まあ、冒険者ギルドが討伐依頼を出すくらいだからな。冒険者の行き来が多い場所にあるに決まっているか)


 上層に生息するモンスター、蜜蜂モドキ。

 蜜蜂モドキは、普通の蜜蜂と同様に、蜜を集めて自分達の巣に溜め込む性質がある。

 この巣が大きくなると、働き蜂の中から兵隊蜂ソルジャー・ビーと呼ばれる危険な変異種が生まれる。

 だから蜜蜂モドキの巣は大きく育つ前に壊すのが理想なのだが、壊し辛い場所にあったり、見つかり辛い場所にあったりすると、そのまま放置され、大きく育ってしまう。

 これが冒険者が多く通る場所にあると、犠牲者が出てしまう危険があるため、冒険者ギルドは討伐依頼という形で兵隊蜂ソルジャー・ビーの始末と巣の破壊を発注するのである。


「この依頼書の内容だけだと、何匹くらいの兵隊蜂ソルジャー・ビーが生まれているかまでは分からないな」


 残念ながら俺がこのカーネルの町に来てから、まだ数ヶ月。

 前のダンジョンには蜜蜂モドキがいなかったから、蜜蜂モドキに関する俺の知識は、新人のココアとエミリーとさほど変わらない程度でしかなかった。

 エミリーが不安そうに俺を見上げた。


「・・・まあ、心配するような事はないだろう。順路に近い巣がそれ程長く見付かっていなかったとは考え辛い。最近になって兵隊蜂ソルジャー・ビーが生まれたのなら、比較的新しい巣なんじゃないか?」


 上層には家程の大きさに育った巨大な蜜蜂モドキの巣が、点々と存在していると聞いている。

 そういった古い巣の場所は冒険者の間で共有され、危険区域として誰も近付かないそうだ。

 Sランク勇者パーティー『竜の涙』も、一度、古い巣のテリトリーに入り込んでしまって、結構苦労した記憶がある。


「まだ育ちきっていない巣なら、多分、兵隊蜂ソルジャー・ビーの数は二~三匹程度・・・しっ。静かに」


 俺はその場に立ち止まると口に指をあてた。

 二人も心得たもので、黙って素早く周囲の様子を警戒する。

 この辺のやり取りは、昨日一日の戦いで何度も行った物だ。

 しばらく耳を澄ましていると、遠くからブーンという虫の羽音が近付いて来た。


「蜜蜂モドキ――働き蜂だ。打ち合わせ通りに頼んだぞココア」

「わ、分かってる」


 ココアは荷物から布の袋を取り出した。

 向こうの景色が透けて見える程の、目の粗い薄い布だ。

 彼女は袋の口に細い棒を通すと、適当に拾った木の枝に括り付けた。

 こうして即席の虫取り網が完成した。


「ココア、あっちから来たよ」

「うん、分かってる。――それっ!」

「あっ、惜しい! そっち、そっちに逃げたよ!」

「分かってるわよ! やっ! このっ! えいっ! やった!」


 ココアは網を振り回して苦労して蜜蜂モドキ――の、働き蜂を捕まえた。

 蜜蜂モドキはその名の通り、姿形は普通の蜜蜂とよく似ている。

 ただし流石はモンスター。大きさは子供の握りこぶしぐらいあった。


(前世の俺だったら、気持ち悪くて鳥肌モノだっただろうな)


 日本人、狩野かのう明煌あきらは、こんな大きな虫は見た事ないんじゃないだろうか?

 だが、こちらの世界の冒険者アキラは、これよりもっと巨大な虫(のモンスター)とも幾度となく戦っている。

 俺は「アキラの記憶が残っていてくれてホントに助かった」と思いながら、モンスターの足に用意しておいたリボンを結び付けた。


「よし、出来た。今から逃がすから刺されるなよ」

「分かってる」


 俺は蜜蜂モドキをポイと放り投げると、素早く腕で顔を隠して背を低くした。

 蜜蜂モドキは少しの間、怒り心頭といった感じで俺の周囲を飛び回っていたが、直ぐにこの場から飛び去って行った。

 森の木々の中を白いリボンがヒラヒラと舞い踊るように移動する。


「よし、上手くいった。後を追うぞ」


 これでヤツが巣に戻れば、巣の場所が分かるという寸法だ。

 これはハチミツ採りの冒険者が蜜蜂モドキの巣を探す時に使う方法らしい。

 俺達は急いでリボンの後を追いかけたのだった。




「蜂が増えて来たな」


 周囲を飛び交う蜂の数が目に見えて増えている。

 どうやら巣に近付いているらしい。


「・・・わ、私達に怒ってるのかな?」

「多分、そうじゃない? ああやって音を立てて威嚇しているのよ」


 確かに。ブブブブという苛立たしそうな羽音があちこちから聞こえて来る。

 俺達は既にヤツらの縄張りに足を踏み入れているようだ。

 このまま進むか、一度下がって仕切り直すか。

 俺は二人の様子を窺った。


(特に疲れは見えないな。ならこのまま行くか)


 俺は足元の地面を踏み固めると、背中の荷物を地面に降ろした。

 エミリーが不安そうに俺に尋ねた。


「た、戦うんですか?」


 俺は「ああ」と頷くと腰のサーベルを抜いた。


兵隊蜂ソルジャー・ビーはいるのかな?」

「今の所は見えないな。いてくれないと困るが」


 兵隊蜂ソルジャー・ビーがいなかった場合、この巣は外れという事になる。

 また働き蜂を捕まえる所からやり直しだ。

 

 エミリーが緊張でゴクリと喉を鳴らした。

 二人が警戒するのも無理はない。兵隊蜂ソルジャー・ビーの別名は”首切り蜂”。

 新人冒険者にとっては、初めて直面する命の危険なのだろう。


「二人共、この場に荷物を置け。ここからは慎重に――」

「あっ! アキラさん! あそこの木を見て下さい!」


 エミリーが指差す先。苔むした節くれだった木の幹に大きなコブが・・・いや、違う。

 そこには木の幹に止まった巨大な虫の姿があった。

 デカイ。

 二匹・・・いや、三匹。

 周囲を飛び回っている働き蜂の、軽く十倍はあるんじゃないだろうか?

 鋭角的なライン。ギラギラとした派手な色彩。尖った頭部。腹部から伸びた長く鋭い針。

 俺は思わず呟いた。


「大当たりだ」

「それって?!」


 ココアがハッと息を呑んだ。

 そう。俺達の討伐目標の兵隊蜂ソルジャー・ビーが、その凶悪な姿を現したのである。




 兵隊蜂ソルジャー・ビーの別名は”首切り蜂”。

 このカーネルのダンジョンの冒険者の死亡原因ナンバーワンは、この首切り蜂の不意打ちによるものだそうだ。


(だが逆に言えば、不意打ちさえ食らわなければ、それほど警戒する相手ではない、とも言える)


 さっきも言ったが、Sランクパーティー『竜の涙』も、一度、古い巣のテリトリーに入り込んでしまった事がある。

 確かあの時は、全員で兵隊蜂ソルジャー・ビーだけでも五十匹以上は倒したと思う。

 つまりは、Sランクパーティーにとっては、兵隊蜂ソルジャー・ビーはその程度の相手だった、と言う訳だ。


(まあ、『竜の涙』には【勇者セイント】のイクシアがいるからな。他のメンバーのジョブも十分に強力だったし)


 【聖騎士クルセイダー】のカルロッテだけは素早い相手にやや相性が悪いが、貴種エルフのドリアドの【狩人ハンター】のジョブは森の中ではステータスに強化バフが乗る。また、【魔女ウィッチ】のダニエラの範囲魔法も強力だ。

 正直言って、苦戦する要素はまるで無かったと言ってもいい。


(とはいえ、二人は新人だ。それにせっかくいい感じに集中しているようだし、ここは黙っておくか)


 わざわざ余計な事を言って、この緊張感に水を差す必要はないだろう。


(それに油断していい相手じゃないのは確かだしな)


 兵隊蜂ソルジャー・ビーはそれ程危険な相手ではないとはいえ、問題はそれだけじゃない。

 あの時には――俺達が戦った古い巣には、Sランク勇者パーティーですら手こずる手強いモンスターがいたのだ。

 まあ、この依頼はまだ若い巣だから、ヤツが出て来る心配はないのだが・・・


「アキラ!」


 ココアが鋭い叫び声を上げた。

 兵隊蜂ソルジャー・ビーが飛び上がっているのが見えた。

 どうやら兵隊蜂ソルジャー・ビーは俺達を縄張りへの侵入者と認めたようだ。

 周囲の働き蜂も警戒音を鳴らしながら俺達の周囲を取り囲んだ。


「二人共、魔力装甲マナ・アーマーだ!」

武装解放トランスレーション!」

「と、武装解放トランスレーション!」


 ココアとエミリーは慌てて荷物を降ろすと武装解放トランスレーションした。

 二人の体が輝くと、ココアは薄いピンク色の手甲ガントレット臑当てグリーブが。エミリーのローブには薄い緑色の模様が。それぞれの身体を覆う。


 蜂毒にアレルギーを持つ人間が蜂に刺されると、アナフィラキシー(※重篤なアレルギー反応)ショックを引き起こし、最悪、死に至る事もあるという。

 養蜂家や蜂の巣駆除の業者が全身を覆う防護服を着ているのはそのためだ。

 しかし、全身ローブ姿のエミリーはまだしも、ココアは腕が丸出しのノースリーブ。

 刺されれば危険だ。――ただし、ここが前世の地球であったなら、という話だが。


 魔力装甲マナ・アーマーは本人が受けたダメージを、魔力の消費という形で肩代わりしてくれる。

 ココアのむき出しに見える二の腕にも、実は目に見えない魔力装甲マナ・アーマーが薄く展開されていて、このルールは適応される。

 極論すれば、冒険家は短パンにTシャツでも、武装解放トランスレーションさえすれば防御面の不安なくモンスターと戦えるのである。

(実際は魔力消費の関係で常に武装解放トランスレーションしておける訳ではないし、モンスターの不意打ちや、魔力切れの時に備えて、最低限の防具は装備しておくものだが)


「アキラさん! アキラさんは武装解放トランスレーションしないんですか?!」

「俺はいい! 来るぞ!」


 兵隊蜂ソルジャー・ビーが三匹、大きな羽根を広げてこちらに襲い掛かって来た。

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