第16話 兵隊蜂《ソルジャー・ビー》との戦い

 兵隊蜂ソルジャー・ビーが三匹、大きな羽根を広げてこちらに襲い掛かって来た。

 先頭の一匹が俺に狙いを定め、こちらに一直線に突っ込んでくる。


「アキラさん! の、能力向上!」


 エミリーの叫び声と共に、俺の武器を紫色の光が包んだ。

 【小賢者セージ】のエミリーの装備強化魔法だ。

 効果時間は約三十秒。


「アキラ!」


 兵隊蜂ソルジャー・ビーの別名は”首切り蜂”。

 羽根の下に長く鋭い刃を持ち、すれ違いざまに獲物の首を掻っ切る。

 ココアの目には、兵隊蜂ソルジャー・ビーが俺の首を切り裂いたように見えたのだろう。

 彼女は驚きの悲鳴をあげた。

 だが、俺は敵の攻撃をギリギリまで引き付けると、最小限の動きで躱していた。


「シッ!」


 俺は鋭く吐息を吐くと、サーベルを振った。

 強化されたサーベルの刃は、モンスターの羽根を硬い刃ごと切り飛ばす。

 片羽根を失った兵隊蜂ソルジャー・ビーは、なすすべなく地面に落ちた。


「ココア!」

「分かってる!」


 俺が叫んだ時には、既にココアは跳躍していた。

 【闘技者モンク】は徒手空拳で戦う技術に特化したジョブだ。

 必殺の飛び蹴りがモンスターの胴体を踏み抜いた。

 だが、その時には、別の兵隊蜂ソルジャー・ビーが、無防備なココアの背後から襲い掛かっていた。


「ココア、伏せろ!」


 俺の指示にココアは素早くしゃがみ込んだ。

 兵隊蜂ソルジャー・ビーは目標の上を通過。

 旋回して再びココアに襲い掛かろうとした。


「やあっ!」


 ココアは両手を広げてその場で鋭く回転。兵隊蜂ソルジャー・ビーは彼女の手刀を避けようとして、フラリとスピードを落とした。

 その隙を見逃すココアではなかった。


「たっ!」


 彼女は回転の勢いのまま足を大きく頭上に振り上げる。

 そのまま足が振り下ろされると、見事にモンスターの頭を捉えた。

 まるで格ゲーの動作モーションのようなキレイなかかと落としだった。

 兵隊蜂ソルジャー・ビーは地面に落ちるとジタバタともがいた。

 俺は素早く駆け寄ると、サーベルで真っ二つに切り裂き、止めを刺した。


 最後に残った一匹は俺達の頭上を旋回している。

 瞬く間に仲間が二匹やられた事で警戒しているようだ。

 あるいは怖気づいたのかもしれない。モンスターとはいえ、虫にそんな感情があるのかは謎だが。

 俺はチラリとそちらを確認すると、背後のエミリーを振り返った。


「えいっ! えいっ! えいっ!」


 彼女はスモールソードを振り回しながら働き蜂と戦っていた。

 ・・・いや、本人は真剣に戦っているつもりなのだろうが、俺の目には女の子が棒で虫を追い払おうとしているようにしか見えなかったが。


(あっちは、ほっといても大丈夫か)


 働き蜂の攻撃力は低い。

 仮にエミリーが何もせずに突っ立っていても、働き蜂の針が彼女の魔力装甲マナ・アーマーを貫く事は出来ないだろう。

 勿論、何百回と刺されれば話は別だが、あの様子ならその心配はなさそうだ。


(それにしても、エミリーの強化魔法は凄いものだな)


 俺は紫色の光に包まれた自分の武器を見下ろした。


 俺は今までずっと、ジョブ無しでモンスターと戦って来た。そんな俺の基本戦術はカウンター。

 モンスターが攻撃して来た所をギリギリで躱し、一撃を入れる戦法である――と言えば聞こえがいいが、それしかやり様が無かった、というのが実際の所である。

 先ず、俺の攻撃力では――ステータス値ではモンスターにロクにダメージを与えられない。

 攻撃力自体も足りないし、早さが無いので普通に攻撃しても躱されてしまう。

 特に中層以降のモンスターは、どんなザコでも、必ず俺達人間よりも身体能力が高いのだ。


 そして敵の攻撃を躱すのも、「躱さざるを得なかった」という理由の方が大きい。

 何せ俺には、冒険者が頼りにしている魔力装甲マナ・アーマーが無いのだ。

 ゲームで言えばオワタ式。俺だけHP1の縛りゲーをやっているようなものだったのである。

 普通に防御をしても、それだけで大ダメージを負う危険があったのだ。


 更に苦労をしてカウンターを入れたとしても、俺の攻撃では与えられるダメージも微々たるものだ。

 結局、モンスターの攻撃を引き受けている間に、仲間に攻撃を入れて貰う、という戦い方を取らざるを得なかったのである。


(だが、エミリーの強化魔法があれば話は別だ)


 さっきの攻撃も、まるで爪切りで爪でも切るように、兵隊蜂ソルジャー・ビーの硬い刃を切り落としていた。


 ――この強化魔法さえあれば、俺もパーティーの戦力になれる。


 冒険者になって五年間。ずっと無力感を抱き続けていた俺にとって、エミリーの強化魔法は世界が変わる程の衝撃体験だった。

 ぶっちゃけ、何の役に立つのかも分からない【七難八苦サンドバッグ】のジョブなんかより、よっぽど頼りになるくらいだった。


(これはエミリーには是非パーティーに入って貰わなければな)


 ココアにも伸びしろは十分に感じている。だが、俺にとってはやはりエミリーの強化魔法が魅力的過ぎた。

 二人共性格的にはやや問題があるが、それで言えばSランクパーティー『竜の涙』だって似たようなものだった。

 そもそも冒険者になろうという人間が普通な訳はないのだ。

 だったら問題になる程ではない。

 俺はこの時点で二人を正式にパーティーに誘う決意をほぼ固めていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


(スゴイ・・・武装解放トランスレーションもせずに戦ってる)


 ココアは先程からアキラの戦いに目を奪われていた。


 彼はずっと武装解放トランスレーションせずに――魔力装甲マナ・アーマーを身に纏わずに戦っていた。

 今も体に止まった蜜蜂モドキを手で払い落し、踏み殺している。

 こうして見ていて初めて気付いたが、蜜蜂モドキは空中では針を出さない。

 必ず相手の体に止まった後、腹から針を伸ばして刺そうとしている。

 そうしないと刺す時に踏ん張りが効かないのか、あるいは体の仕組み上、そうしないと針が出ないのかは分からない。

 しかし、アキラはその習性を知った上で、体に止まった蜜蜂モドキを払い落し、地面に落ちた物を踏み殺しているのである。


(いやいや、あり得ないでしょ! どれだけの数が周りに飛んでると思ってるの?!)


 言うのは簡単だが、実行するのは難しい。

 実際にココアも試しにやってみようとしたが、叩き落とす前に針で刺されてしまった。

 ダメージ自体は魔力装甲マナ・アーマーで相殺されたが、慌ててしまったせいで集中力が途切れ、その後は立て続けに何匹にも刺されてしまった。


(ムリムリ! 絶対ムリ! アキラは目がいくつ付いてる訳?!)


 自分は武装解放トランスレーションして素早さのステータス値が上がっているのに、この有様だ。

 しかしアキラは武装解放トランスレーションしない状態で――素のステータス値だけで完璧な戦いを行っている。

 ココアはアキラと自分との実力差に打ちのめされた気分になっていた。


 ここで彼女を擁護しておくと、これは彼女のジョブ――【闘技者モンク】の特性の問題でもある。

 【闘技者モンク】のジョブは戦いに集中すれば集中するだけ大きな力を発揮する。だがその分、戦闘中は極端に視野が狭くなり、周囲の敵味方に意識が行かなくなる。

 【闘技者モンク】のジョブは、そもそも対集団戦には向いていないのである。


 後ろを振り返ると、エミリーがスモールソードを振り回しているのが見えた。

 時々刺されているようだが、気付かずに剣を振っている。

 洗練されたアキラの戦い方とは比べるべくもない。率直に言って「いかにも素人丸出し」といった感じである。


(でも、アキラの目には、私もエミリーと同じように見えているんだろうな・・・)


 そう思うと気分がへこんでしまう。

 ココアは気持ちを切り替えようとアキラに尋ねた。


「アキラ。これってキリがないんだけど。巣を壊しに行かないの?」

「分かっているが、首切り蜂がまだ一匹残っている。出来れば先にアイツを討伐しておきたい」


 最後に残った兵隊蜂ソルジャー・ビーは、こちらを警戒しながらずっと頭上を旋回している。

 【狩人ハンター】のジョブを持つ冒険者でもなければ、素早く空を飛ぶ兵隊蜂ソルジャー・ビーを倒すのは中々難しい。


「かかって来れば返り討ちにしてやるのに」


 ココアは腹立ちまぎれに悪態をついた。

 しかし、ココアは――いや、アキラも気付いていなかった。

 兵隊蜂ソルジャー・ビーは、ただなすすべもなく上空を飛び回っていた訳ではなかったのである。

 集団で生活する蜜蜂は、仲間同士で情報を伝達するための手段を用いる事で知られている。

 有名な例として、えさ場までの距離を仲間に伝える「8の字ダンス」や「円形ダンス」等が知られている。

 そう。兵隊蜂ソルジャー・ビーは、ただ飛んでいるのではなく、仲間に強敵の存在を伝えていたのだ。


 最初に異変に気付いたのはアキラだった。

 ひっきりなしに襲い掛かって来ていた働き蜂の動きが鈍り、次第に距離を開けるようになっていた。


(何だ? 何が起きている?)


 最初は蜜蜂モドキの天敵でもやって来たのかと思った。

 アキラ達侵入者に構っていられない程の非常事態が起きたのかもしれない。そう考えたのだ。

 しかし、前方から響く低い羽音に彼の顔は強張った。


「まさか・・・いや、あり得ない。ギルドから討伐依頼が出されるような新しい巣にヤツ・・が生まれているはずはないんだ」

「アキラ。一体何があったの?」


 アキラのただならぬ様子に、ココアが緊張した。

 羽音は次第に大きくなっていく。

 間違いない。

 アキラはココアに振り返った。


「エミリーの場所まで下がれ! 後退するぞ! 兵隊蜂ソルジャー・ビーの変異種、重装蜂メタル・ビーが――”血まみれ蜂”が来る!」

「えっ?!」


 その時、森の中に真っ赤な巨大な甲虫が姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る