第17話 血まみれ蜂
俺達の前に現れた深紅の甲虫。
いや、違う。あれは甲虫じゃない。
「えっ?!」
ココアが「まさか?!」といった顔で俺に振り返った。
「何で”血まみれ蜂”が?! 討伐依頼は
まるで返り血で赤く染まったような体色から付けられた異名だ。
蜜蜂モドキの巣が大きく育つと、働き蜂の変異種、
そこから更に巣が成長すると、更なる変異種、
特徴的なのは背中から伸びた太く尖ったツノで、そのせいで蜂というよりもどちらかと言えばカブトムシのようにも見える。
だが、二か月前にこのカーネルのダンジョンに来たばかりの俺達――Sランク勇者パーティー『竜の涙』は迂闊にもそこに踏み込んでしまった。
結果として巣を破壊する事には成功。『竜の涙』の名が一躍冒険者達の間に知れ渡るきっかけとなったのだが・・・。
それは置いておいて、この時の戦いで最も俺達を苦しめたのが、この
先輩冒険者達から”血まみれ蜂”の悪名は聞かされていたのだろう。ココアとエミリー、二人の顔が青ざめた。
「下がれ! 全力でこの場を離れるんだ!」
俺は二人に向かって叫んだ。
しかし、二人はガクガクと震えるばかりで動かない。
どうやら恐怖と混乱で頭が真っ白になってしまったようだ。
俺は咄嗟にサーベルを鞘に戻すと、自分の荷物へと走った。
「くそっ! マジかよ! まさか本当に使う事になるなんて!」
俺は荷物の中から丸い板を取り出した。
念のためにと荷物に入れていたラウンドシールドだ。
シールドの直径は約三十センチ。この手の盾の中では最小の部類に入る。
元々、予備として使っていた盾だったのだ。
愛用の盾は先日、パーティー追放時に酒場に置いて来てしまった。
(コイツで
俺は盾のグリップを握ると振り返った。
せめて二人が正気に戻るまでは耐えなければならない。
「うおおおおっ! 来やがれ、この野郎!」
俺はあらん限りの声で吠えた。
そうやって自分を鼓舞しないと逃げ出したくなる。そう思ったからだ。
「
俺の体が光に包まれると、例のSMチックな
俺のジョブ、【
急に叫んだせいだろうか?
ヤツと俺の目が合う。
ヤバイ! 来る!
俺は盾を構えて踏ん張った。
次の瞬間――
ズドンッ!
まるで砲弾を受け止めたような気がした。
腕の骨が折れるのではないかという衝撃を、俺は歯を食いしばって耐えた。
ブブブブ・・・
一旦離れるつもりなのだ。
(ここで距離を取られるのはマズい! また今の攻撃が来る!)
頭ではそう理解しているが、俺は今の衝撃と痛みで、動くどころか息をする事すら出来なかった。
その間に
その頃になって俺はようやく呼吸が出来るようになり、荒い息を吐いた。
盾を持った腕はズキズキと痛みを発している。
たった一度、しかも盾で受け止めたのにこのダメージである。
(くそっ・・・なんて威力だ)
俺は痛みを堪えるだけで精一杯になっていた。
その硬さたるや、【
【
俺は盾のダメージを確認した。
盾の中央付近は大きくへこんでいた。
ヤツの攻撃方法は
単純な攻撃ながら、その攻撃力だけなら、中層どころか下層のモンスターにも匹敵するだろう。
(今の魔力は・・・9か。分かっていたが、やはり
本当なら、
代わりにMP――マゾ・ポイントは11まで上がっている。初めての二桁超えだが、相変わらず何に使えるのかは分からない。
(あるいは何の役にも立たないのかもしれないな)
俺は憂鬱になりながらチラリとココアの様子を窺った。
ココアが俺と代わってくれないだろうか? 彼女の素早さなら
(いや、ムリか)
確かに【
もしヤツの攻撃を躱せなかった場合、一度のダメージで魔力が尽きてしまう可能性がある。
俺達の敵は
無数の働き蜂に、
そんな中、
(やはり俺がやるしかない・・・のか)
「ココア!」
俺は覚悟を決めると彼女の名を呼んだ。
ココアがビクリと俺に振り返る。
「ココア! ヤツの攻撃は俺が止める。お前はヤツの動きが止まった所を攻撃するんだ!」
あの時、俺達は【
つまり俺がカルロッテの代わりを、ココアがイクシアの代わりをする。他に方法はなかった。
「そ、そんな! わ、私じゃ無理よ」
ココアも今の
「無理じゃない! やるんだ!」
やらなければ死ぬ。
確かに俺のジョブはカルロッテのジョブよりポンコツだ。そして、ココアの攻撃はイクシアの足元にも及ばない。
だが、出来る、出来ないじゃない。やるしかない。戦うしかないのだ。
その時、
来る!
そう思った次の瞬間。ズドン! という衝撃と共に、
(ぐうううっ! やれ! やるんだココア!)
叫びたいが衝撃と痛みで声が出ない。
ココアは一瞬ためらっていたが、
――だが、遅い。
モンスターはヒラリと身をかわすと、空に舞い上がった。
「ああっ・・・」
「くっ。お、惜しかった、ぞ。その調子だ」
ウソだ。ココアの攻撃は迷いがあったし、腰も引けていた。
俺に言われたから手を出しただけ。あんな攻撃を何十回繰り返しても
だが――
「つ、次も頼んだぞ」
「う、うん・・・」
だが、ここで怒鳴り付け、文句を言っても、ココアが委縮してしまうだけで意味はない。
ここはおだて、なだめすかしてでも、戦って貰わなければならない。
その時、俺の魔力が9から8に減った。
俺が
八分後にはステータス値が元に戻ってしまう。
(そうなればヤツの攻撃を耐えられないだろうな・・・)
だが、その前に盾か腕、どちらかが限界を迎えてしまえば同じ事だ。
俺達に残されたチャンスは少ない。
ギリギリの状況の中、視界の片隅に入ったMPの数値は23まで上がっていた。
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