十四幕 アルガート帝国の実態
関羽がアルガート帝国に転生して早二週間が過ぎた。
クルスの丁寧な指導にも助けられ、魔法を武技と融合する日々の鍛錬も概ね順調に進み、若芽が陽光を浴びすくすく成長するかの如くその熟練度は、周りの兵士も目を見張るほどの向上を見せていた。
今ではアーディンと魔法を纏った武具を手に、数合の手合わせができるほどである。
それは日常生活においても同様で、関羽は次第にフェルスタジナ城下町での暮らしにも馴染を覚え始めていた。
朝早くからの調練が終われば、屋敷には温かな夕食がまるで関羽の帰りを予期していたかのように、しっかりと準備されている。まだまだ見知らぬ食材が多い中、使用人が作る初見の料理に驚きつつも舌鼓を打ち、三日に一度はアーディンが、酒を携え関羽の屋敷を訪問する。
一般的には少々高価な蒸留酒を持参することが多いのだが、城下町でもそこかしこで売られている、庶民も嗜むフェルスタジナ領特産の麦を発酵して作る
そしてアーディンと交わす酒は、何よりも格別に美味かった。
無論、酒の質も理由の一つだろう。
だがそれだけでは語れない。日を増して近づいていく距離感に、関羽は心地よさを覚えていた。今ではアーディンもすっかり関羽に信頼を寄せている。それが手に取るように分かるから、尚のこと嬉しくなる。
今夜も応接間のテーブルには酒瓶が林立しており、逆に
時は深夜0時を過ぎた頃。
「……以前チラッと話したと思うがな、アルガート帝国が七つの領地で成り立っているって話、覚えているか?」
それまでは「あの店の給仕の姉ちゃんがたまらねぇ」などと下世話な話を捲し立てていたアーディンが、声のトーンと話題を変える。相槌を打ちながら笑い役に徹していた関羽も、弛緩した頬を心なしか引き締めた。
「うむ。忘れてはいない。その内の一つがここ、フェルスタジナ領なのだろう」
アーディンが一言「そうだ」と、俯き加減で言葉を落とす。
つい先程までとは一転、重苦しい空気が二人の肩にのしかかった。
「カンウ……お前さんには、どうしても話しておきたいことがあるんだ」
「ぜひ拝聴しよう」
「ただ……この話を聞いちまったら、後戻りはできねぇ。最悪の場合は……」
「場合は?」
「俺が———お前を斬る」
「これは穏やかではないな」
アーディンという男が、フェルスタジナ城で兵たちの信頼と羨望を集めている男が、自分に何かを打ち明けようとしている。しかもかなりの重要でよほど深刻な内容らしい。
「だから、聞かないって選択肢もアリだ。……どうするよ? カンウ」
関羽は一切の迷いなく、口を開いた。
「……アーディン。俺は貴殿を恩人だと思っていると同時に、友だとも思っている。しかるに貴殿の話を聞かないなど、あり得ない。それにもし、ことが
見上げたアーディンの瞳が、関羽を捉えた。
———つくづく気持ちのいいヤツだ。
口から溢れかけたその言葉を飲み込んで、かわりにアーディンは破顔する。
「そうか……じゃあまずは聞いてくれ。この国———アルガート帝国は皇帝陛下の元、優秀な武官、文官たちに支えられ、六人の子にも恵まれた。皇帝陛下は多少気性の激しいきらいはあるが、情に
アーディンはそこで言葉を断ち切り、天を仰ぐ。そして続けた。
「実に……平和な国だったよ」
「……だった、とは? 今では違うのか」
「遡ること20年前。アルガート帝国の最南部にある廃城に魔物が棲みついた。元々この国は森や湿地や洞窟に魔物が生息しているからな。だから最初はそこまで気にしてはいなかった。だが、年を重ねるにつれ、その魔物は他の魔物を支配し統率すると、廃城を魔城へと変えちまった。そして二年前のある夜、皇帝陛下の住むアルガート城に魔物からの使者が舞い降りた。その魔物は兵士数十人をあっという間に惨殺してこう言った。『あと三年で我が魔王様がこの国のすべてを奪いにくる』と。言わずもがなアルガート城は蜂の巣を突いたように大騒ぎになった。すぐさま討伐隊が編成され、廃城へと出兵した。だが、帰ってきたのはほんの一握りの傷ついた兵のみだった」
「なんたることだ……」
「生き残った兵の証言で分かったことは、廃城にはおびただしい数の強大な魔物が待ち受けていたこと。そしてその廃城を『
「平和に思えるこの国に、よもやそのような事情があろうとは……」
「元々はアルガート城内の出来事で、上の連中しか知らない事実だったからな。この事態を国の危機と悟った皇帝陛下は、すぐさま
左の
普段は
その忠義の人が言葉を繋げる。
「国名を冠するアルガート領だけでは対処できないと考えた皇帝陛下は、自分の子らを、アルガート領を除いた残りの六領の領主に据えた。そしてこう告げたんだ。『降魔城を滅ぼし魔王を倒した領主に、この国の王位を継承する』とな」
「な、なんと! それははっきり申して……」
「ああ。愚策だと思うぜ、俺も」
関羽も生前は万単位の軍を率いた将である。アーディンもフェルスタジナ領の中核を成すフェルスタジナ城の兵のトップだ。思考が関羽と同調して当たり前。
だからこそ、アーディンが国の王の心中を代弁した。
「ただ……直接聞いた訳じゃないが、皇帝陛下の気持ちも少しは分かる。まず国を挙げての挙兵となれば、全国民が知るところになる。そうなりゃ大混乱だ。戦わずして内から崩壊してしまう。それだけは避けなきゃならん。そして本来王位継続権は長男が第一との不変の掟があった。なので、下の兄弟たちはこれを機にと全力を尽くすだろう。さらに最悪の事態になり魔王軍が攻め込んできた場合、まずは王都のあるアルガート領に攻め入るだろう。その時に実子が地方に散っていれば、もし万が一王都が落とされても、王の血は残り国の復興ができるかもしれない」
「……ふむ。言わんとする意味は分かる」
が、やはりそれは消極的な考えに過ぎない。朧げなものに賭け、被害を最小限に食い止める負け戦の思考であり、敵に打ち勝つことを前提にしてはいない。
「だからここフェルスタジナ領でも、着々と
関羽を見据える視線に力が宿る。アーディンの瞳は煌々と赤く燃え、不変の闘志が関羽の心を貫いた。
「……あい分かった。この関羽、微力ながら助力いたそう。だが俺はその魔物とやらとほとんど交戦した経験がない。果たしてこの力がどこまで通用するのかどうか、一抹の不安は拭えない」
「心配するこたぁねえよ。お前の力は俺が保証する。それに明日は満月だ。修練の力を試すのには、おあつらえむきだ」
———この男が国の興亡をかけた戦いに協力してくれる。その言葉に、二言はないだろう。
関羽とはそういう男だ。まだ日は浅い付き合いではあるが、アーディンの人を見抜く力は抜きん出ている。
喋り過ぎて渇いた喉を潤すため、グラスに琥珀色の液体を注ぐ。無論関羽のグラスにも。
二人は、どちらともなく手にしたグラスを打ち付けた。
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