七幕 お手並み拝見
調練場の中央を、関羽とアーディンが独占する。
二人の距離は4間(約7m)ほど。
鍛錬中の兵たち(罰として調練場を周回中の彼らも含む)も手を止め足を止め、これから起こるであろう熾烈極まる対戦を、固唾を呑んで見守っていた。
「準備はいいですね? 一つ付け加えますが、相手を殺害することは禁止とします。相手が戦闘不能になった後の攻撃などもってのほかです。熱くなってもそれだけは忘れないようにお願いします。———では、模擬戦開始です!」
二人からだいぶ離れたクルスが勝負の幕を開けると、先手はアーディン。
「おおおりゃああああぁぁっ!」
気を吐きながらアーディンは関羽の懐に潜り込み、両刃の剣を振り下ろす。続けざまに突いては斬り、薙ぎ払う。二刀流による疾風さながらの連続攻撃だ。
さりとて関羽も負けてはいない。斬馬刀の柄でアーディンの斬撃を、もれなく受け止めた。
(———速い。そして何と無駄のない太刀捌きよ。これは油断大敵だ)
関羽は素直に驚嘆する。惚れ惚れするくらい見事な太刀筋は、久しく見たことがない。達人と言い表しても遜色なく、まして誇張も一切ない。
アーディンの回転数が、更に上がった。
繰り広げる一撃の重さと速さは苛烈を帯び、連撃に拍車が掛かっていく。
容赦のないアーディンの剣筋を関羽が柄で防ぐたびに、鍛え上げられた鉄が交錯するきぃんと澄んだ音色が響く。
この鈴の音のような高音が、達人同士の攻防の証左。腕力一辺倒の攻撃と防御では、この心地よい音色を奏でることは難しく、腹にずしりとのし掛かる鈍い衝突音が鳴り響き、加えて二手目の初動が遅れてしまう。
攻め手は攻撃を防がれると事前に察知すると同時に、攻撃の力を逃し、次手の連撃に繋げる準備をする。対して受け手も同様に、力で防ぐだけでは相手の攻撃についてはいけない。上手く攻撃をいなして次の斬撃の軌道を読む。両者の武具が衝突する時間はまさに刹那。その瞬きほどの邂逅が、鉄を震わせ耳朶を
それは調練場の
だがしかし。これはまだまだ
アーディンと関羽、両者の表情からも、まだまだ本気ではないことが伺い知れる。
とは言え、あえて優劣をつけるのであれば、現状では変わらずアーディンが優勢か。
柄の長い矛や長刀は、馬上でこそ真価を発揮する。懐を奪われた形の今はアーディンの間合いだ。
「……おいカンウさんとやら。やけに余裕な顔しているじゃねーか」
そう指摘され、初めて関羽は気づいた。
自分で意図せず己の顔が薄い笑みを湛えていることに。
「……これは失敬。弁明ではないが、貴殿を侮ってのことではない」
「ほぅ? じゃ、どーいう気持ちなんだい? 俺の攻撃を受けにまわって、そんな顔している奴なんて初めて見たもんだからな。是非とも今の心境を教えて貰いたいもんだねぇ」
「心地よい」
そう一言、関羽。
相手に強い殺気が宿ってないことは、一太刀目から分かっていた。
今まで関羽が対峙してきた刃には、例えば強い憎悪に塗れた殺気が練り込まれていたり、例えば関羽というもはや伝説と化した相手を前に畏怖に震えた刃だったりと。
もちろん関羽も一切躊躇はしない。それらの相手を確実に屠り奈落へと突き落としてきた。
だが、このアーディンという武人はどうだろうか。
関羽を憎悪の対象でも、ましてや伝説の鬼神として対峙していない。
純粋に、無欲に、まるで子供のように、関羽という男を推測っているではないか。
嬉々として悠々に、しかも何とも楽しげに!
剣才だけに頼らず、弛まぬ努力と重ねた修練に裏打ちされた絶技を持って、だ。
故にどうしても武人としての血が騒いでしまう。
生前晩年は戦場を自分の庭と、決して折れない信義を持って戦いに身を置いていたあの頃の気持ちとは、かなり異なっていた。
否、比ぶべくもない。関羽も今の立ち会いを、心底楽しんでいるのだから。
ここで関羽が動きを見せる。
アーディンの狂乱とも呼べる剣の舞。常人ならば五合も打ち合えば決着がついたであろう攻撃にも、慣れが生じてきたのだ。
必ずと言っていい程、右の打ち下ろしから左の切り上げと、攻撃を繋げる連続攻撃。
関羽は右の打ち下ろしを斬馬刀の柄で捌き、とここまでは同じ。
が、捌くと同時に両手を軸として、斬馬刀を半回転。重量のある刃がぶんと低い唸りを上げ、左の切り上げに刃を合わせた
獲物の重量と遠心力を味方につけた分、軍配は関羽に上がった。
「う……うぉっと!」
たたらを踏んで後ずさるアーディン。
「……やるねえカンウさんとやら。俺の連撃に斬撃を合わせるヤツなんて、初めてだぜ」
「貴殿もよく言う。あえて単調な攻撃を繰り返し、俺の力量を試そうとしたのであろう?」
アーディンの含み笑いに、関羽も釣られて口元を綻ばせた。
二人の距離は1間(約1.8m)ほど。この距離こそ、関羽の間合いである。
「———いざ、参る!」
今度は自分の手並を見よとばかりに、斬馬刀がアーディンへと強襲した。
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