六幕 模擬戦
男は含み笑いを崩さずに、悠然と関羽の前まで歩いていく。
その名はもちろん、アーディン・カムラ。
関羽の求めていた男である。
「チラッと後ろで聞いてたんだがよ。お前さん、俺に何か用事でもあるんだって?」
「おお、貴殿がアーディン殿であるか! 我が名は関羽と申す。配下の方々に無礼を働いた段、お許し願いたい」
アーディンは関羽の眼前で足を止める。関羽までとはいかないものの、アーディンも体躯に恵まれていた。身の丈7尺7寸(約185cm)の体で、頭ひとつ違う関羽を下から睨め付ける。
「なーに、いいってことよ。コイツらの性根が座ってなかっただけって話だ。……おいオメーラ! 何ぐずついてやがるんだ! とっとと立ち上がって、調練場を30周! ついでに代わりの門番を呼んできやがれ!」
まさに一喝。
「「「「は、はいぃぃぃ!」」」
衛兵たちは飛び起きると、一目散に駆けていく。
「さて……と。カンウとか言ったな。で、改めて聞こう。俺に何の用があるって?」
「この城で何か仕事がないかと頼って参った者。願わくば、この体を活かして兵役などの役目につければありがたいのだが……」
「嘘つけ」
「———!? な、何と?」
「お前さんみたいな剛のモンが、今更このフェルスタジナ城で兵隊さんになりたいだと? ……ハッ! 笑わせやがるぜ! 子供でももっとマシな理由を考えつくってもんだ。大方イレメスタ領かクリグーズド領あたりの刺客だろうよ」
「ちょ、ちょっと待ってくだされアーディン殿。俺には何を言っているのかさっぱりなのだが……」
「……まあいいさ。シラを切るなら切りやがれ。で、お前さんの言い分は、この城の兵になりたいんだったな?」
「うむ。願わくば、役目を与えてはもらえぬだろうか?」
「ああ、いいぜ。……でもなぁ。兵役には試験があってよ。それに合格しなければいけないんだ。……どうだいカンウさんとやら。試験を受けるかい?」
「おお! まさに願ってもないこと。アーディン殿、誠にかたじけない」
「なーに、いいってことよ。じゃ、カンウさん、ついてきな」
アーディンの後を追い、壁門を通り城下街へと入る。
石畳で整地された目抜き通りを中心に据え、街は大いに賑わっていた。碁盤の目のように整備が行き届いた通りの両側には建物が隙間なく建ち並び、馬車や人でごった返している。建物は多くはシエルの住居とは違って石造りで作られており、建築技術の水準の高さが窺える。関羽は新鮮で見慣れない風景に感嘆の声をくぐもらせた。
先を歩くアーディンが、目抜き通りから路地へと入る。人の群れも小波と化し、うら寂しい通りを抜けると、突如巨大な建造物が視界を遮った。
「さあ、ついたぜ。ここが調練場だ」
円形状に形取られたコロシアム然とした建物に、二人は肩を並べることなく入っていく。
薄暗くすえた臭いの通路をくぐり抜けると広大な空間が広がっていた。
縦幅ゆうに30間(約54m)はあるだろうか。その傍らでは五体に形取られた木の板に木刀で打ち込み稽古に精を出す者もいれば、甲冑姿で外周を走る数人もいる。あれはきっと先ほどの衛兵たちだろう。
「さぁ、早速試験を始めるとしようか」
「して試験の内容とは一体?」
「んなの決まってるじゃねーか。模擬戦だよモ・ギ・セ・ン。ただし獲物は真剣だ。相手に攻撃を当てても構わない模擬戦だけどな」
「それは模擬戦とは言わないのでは……」
「おやぁ? ブルっちまったかカンウさんよ。なーに心配はいらねえよ。……おい! クルス!」
アーディンが調練場の隅っこで一人、型稽古をしている青年に吠える。「は、はいただいま参ります」と青年が慌てふためき駆け寄ってくる。
「こいつぁクルス。まだ歳は若いが優秀なヤツだ。特にココの出来が違う。剣の腕はからっきしだがな」
自分の頭をトントンと突くアーディンに、クルスと呼ばれた短身痩躯の少年に近しい青年は「一言余計です!」と意を唱える。
「冗談はさておいてだな、コイツがこの模擬戦の審判をする。ま、審判と言っても勝敗を見届けるだけだし、仮に重傷を負ってもだな、クルスは再生魔法の使い手だ。致命傷以外なら大体の傷は治せる。仮に手足が千切れかけてもコイツが何とかしてくれるって寸法さ。もちろん完治には時間がかかるがな。……どうだい。ちったぁ安心したかいカンウさんよ」
「心遣い痛み入る。これで俺も気兼ねなく試験に臨めるというもの」
「ハハ! 言うねぇカンウさん! 嫌いじゃないぜ、その言い草。……じゃ早速始めたいところだが、見たところアンタ、獲物を持ってないようだな。あそこに武器が立てかけてあるだろ。好きなのを選んできな」
首肯一つで踵を返し、関羽は武器を取りに調練場の壁際へと向かう。
クルスが不安げな表情で見上げた。
「大柄で力もありそうな人ですが、アーディン様、勝ち目はあるのですか?」
対してアーディンは表情ひとつ崩さずに、
「バーカ。俺が負けるのを見たことあるのか、お前は」
次には余裕の表情すら浮かべながら、言ってのける。
「確かにそうですね」
クルスも顔色を取り戻す。だが。
関羽が二人の元へと戻ってくる。その手に持たれた獲物を見て、二人は戦慄した。
「……お、おい。そりゃ斬馬刀じゃねーか」
「俺の手に馴染む武器がこれしかなかった故。……これは禁止されている武具であろうか」
斬馬刀の果たすべき役割とは、相対する敵の騎馬を刺殺もしくは斬殺することである。故に柄の部分は長く、刃が大きい。
『刀』と呼称しているが、実際は薙刀や
馬をもってしてようやく本領発揮する10尺(約240cm)30斤(約18kg)の斬馬刀を、関羽はなんと片手で構えていた。
「確かにお前さんのガタイなら、それくらいは持てるだろーが、武器は扱えてナンボだ。下手なハッタリなら俺には通用しないぜ」
それならば、と関羽はふっと息を吐く。斬馬刀を頭上に持ち上げ大車輪。まるで棒切れでも扱うように斬馬刀を体の周りで旋回させる。右手から左手へ、片手から両腕へとまさに自由自在。最後は遠心力を力でねじ伏せて右脇に挟み込む形を成し、切っ先をアーディンに突きつける。
そして、一言。
「これで
素人なら当然に、武の道に進むものでもまず大抵は圧倒され、さらには戦意までをも根こそぎ削り取られてしまう関羽の
「……へっ。そうこなくっちゃ面白くねぇ。相手にとって不足なし、ってヤツだ」
軽口を叩いてはいるものの、アーディンの目つきが鋭利な刃物へと変貌した。
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