八幕 奥の手

 関羽の連続攻撃は、決してアーディンに見劣りするものではなかった。


 30斤(約18kg)もの斬馬刀を、あたかも手足のように軽々と扱ってみせる。

 薙いで、突いて、打ち下ろす。一連の動作が絵になるほどに美しい、武を極めしその猛攻を。


「ほっ! ……よっと!」


 横薙ぎは上体を仰け反らせ、突きは剣の腹で軌道を逸らす。更には剣を手にしたままとんぼを切り、アーディンは関羽の打ち下ろしから回避する。


 獲物の防御と華麗な体捌きで、すベての攻撃を躱していた。


 アーディンの表情は依然、変わらない。まるで子供のように、楽しげに。

 この男の底はまだまだ計り知れない。


 さりとて関羽も負けてはいない。


 一度手中に収めた自分の間合いを、そう易々と相手にくれてやるほど優しくはなかった。


 アーディンが下がった分、間合いを詰めて自分の刃を轟かせる。

 一転して攻守が入れ替わり、今は関羽が攻め立てていた。


 先刻関羽が不動の防御を見せたのに対して、アーディンは燕の如くひらひらと躱していく。これだけ見ても二人の戦い方スタイルは対局に位置していると言えるだろう。


 まさに見る者の目を奪ってしまう体術で、調練場のスペースを活用し防御に徹するアーディンと、追い縋る関羽。

 殺気が抜け落ちてはいるものの、達人同士の戦いの結末や如何に、と見守る兵たちギャラリーも、手に汗を握り声を枯らす。

 そしてその雄叫びは、次第に戸惑いの声へと移ろっていく。


「……アーディン殿。俺の目には、大分お疲れのように写って見えるが?」

「へっ! まだだっ! これしきでへこたれるようじゃな、兵の頭なんて張ってらんねーんだよ!」


 目も快活かいかつで微笑も先程のまま。語尾も力強い。

 だが悲しいかな、額から伝う一筋の汗と小さく上下する肩が、体力の消耗をつぶさに表していた。


 両者の戦い方スタイルの差が、顕著に表れてしまった形となる。


 動かざること山の如し、正道不動の構えの関羽に対し、アーディンは全身の発条ばねで撹乱し相手の虚を衝く変幻自在の無形の形。戦いが拮抗し時間が長引けば、体力の消耗が激しいアーディンにが悪い。


 無論それはアーディン本人も分かっていることである。関羽の間合いから矢継ぎ早に繰り出される攻め手を防ぎつつ、虎視眈々と自分の間合いを奪還しようと試みているのだが。


 関羽がそれを許さない。


 隙と呼ぶにはやや辛口な一瞬の好機。アーディンはその虎口に飛び込もうとするのだが、決まって斬馬刀があたかも惹かれ合う愛人のように擦り寄ってきて、恋敵のように行手を阻む。

 力の差が歴然としている立ち会いなら、多少は雑になっても構わない。要は相手がどんな手を仕掛けてこようとも、圧倒的力量で凌駕してしまえばいいだけのこと。


 だがこの立ち会いは、まごうことなき非凡な武技と胆力を兼ね備えた達人同士の対峙であり、己の持ちうるすべてを出しつくせねばならないのは勿論、気の緩みや油断は即座に敗北へと直結する。


 相手が自分と比肩する使い手ならば、この先の戦いはどうなるか。


 運武天賦うんぷてんぷに身を委ねるのか? それとも乾坤一擲けんこんいってき、後先考えずに勝負に出るのか。


 断じて否である。


 戦闘においての基本へと回帰する。すなわち、間合いの取り合いだ。


 達人の要する間合いとは、まさしく聖域に近い。自分が主導権イニシアチブを掌握し、戦いを思うがままに進展できる必勝の盤面であり、如何にして己の間合いを取り合うかのせめぎ合いとなる。


 その点、関羽に一日いちじつちょうがあった。


 見た目は若くとも、新たな生を授かった関羽の戦歴は長く険しい。同じ年頃のアーディンには持ち合わせてはいない老獪さを、関羽は持ち合わせている。


 もちろんアーディンの武技も、決して見劣りするものではない。技の切れはよし。力では流石に関羽が優位なものの、敵わない膂力に対しスピードで埋め合わせている。純粋に武の総合力おいては互角と言っても差し支えなかったが、詰まる所経験値の差が浮き彫りになったのだ。


 まさかそこまではアーディンも知り得ない事実だが、この窮地は誰よりも理解していた。


 ———この男の懐は取れない。


 そこでアーディンは行動に移す。関羽の斬撃を剣の腹で防御すると、その反動を利用して後ろに飛び退け、空に三回とんぼを描き距離を取る。二人の間には6間(約11m)の溝が生まれた。


「どうしたアーディン殿。貴殿に限ってないとは思うが、よもや臆したのではあるまいな?」

「……へっ。言ってくれるねぇ、カンウさん。正直ここまでとは思わなかったぜ。素直に認めるよ、アンタの力量をな」

「では俺を兵として迎え入れてくれまいか?」


 アーディンとしても、引いてはフェルスタジナ城にとっても、この関羽が味方となればこの上ない戦力になる。有益なのは確かにそうだ。剣を一合交えれば、関羽に心疾こころやましいところなど微塵にないことも、確実に伝わっている。


 フェルスタジナ領内随一と呼び声の高いアーディンと互角以上の戦いをしているのだ。もし他領の妨害を旨とする曲者だとするならば、これほどの使い手において小賢しい策など必要ない。領内の村々や城下町で、堂々と殺戮でも略奪でも自由気ままにやってのけるだろう。


 ここら辺が頃合か。

 脳裏によぎった妥協点を、アーディンは頭を振って遠退ける。


(———もう理屈じゃねーんだよなぁ。ここまできちまうとよぉ!!)


 見かけに釣り合う個の強さと、言葉使いとは裏腹に冷静クレバーな戦略を信条とするアーディンなのだが困ったことに抑えがきかない。止まらない。

 根っこの部分なのだ。戦士としての矜持と言ってもいい。


「……ああ、いいぜ。だがこの俺の最後の攻撃を受けられたら、だ。どうするね? カンウさん」

「無論。望むところ」


 必ずそう言うと思っていた。アーディンは破顔して一言「ありがてぇ」。

 と、真顔に戻り、両腕に剣を持ったまま、胸の前で交差させた。


「あ、アーディン様ぁぁ!! そ、それはやりすぎです! これは模擬戦でしょう!?」

「———うるせぇ!! コイツが並のヤロウじゃないことは、お前だって分かるだろう!」


 クルスの諫言かんげんを大声で潰し、アーディンは気を高めていく。

 体から鮮紅せんこうが迸る。爛々と煌めく閃光は右に左に揺らめくと、ついには炎と変貌しアーディンの体を彩った。


「……な、なんと……!」


 驚愕しつつも、関羽は少しも後ずさらない。さすが武神と畏怖された男である。むしろ嬉しさに小さく震えていた。武者震いというヤツだ。


 アーディンの纏った炎が勢いを失い小さくなっていく。

 否、炎が体を伝って移動しているのだ。その終焉は両に持つ剣。すべてのほむらが剣に集約された。


 騒ついていた兵たちギャラリーが「ヤベェ! 隊長がマジだ!」と逃げ惑う。「早くこちらへ! さあ早く!!」と、関羽の背後にいた兵をクルスが両手を振って誘導する。


 関羽の背後に人の気配がなくなると、アーディンは関羽に向かって駆け出した。


「———喰らえ、焔殺爆裂剣キルファイア・ソード!!」

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