九幕 終演、そして……

 気合いと共に間合いの遥か外から振り下ろしたアーディンの二剣から、炎の斬撃が放たれた。その様、まさに紅蓮を纏った飛燕の如く。


(なんと見事な武技よ!)


 対する関羽、ただただ感心。動ずることなくアーディンの奥の手に目を奪われていた。

 と、現実に引き戻される。


「アーディン殿の美技に応えようぞ!」


 死への恐怖は微塵もない。常人ならば如何にして逃げるか、防ぐか思慮するもの。

 だが関羽は違う。

 、だ。


 正面から正々堂々、いざ尋常に。畏れを抱かず立ち向かう。その成り行きで、防ぐなりできれば最高だが、それは結果でしかない。

 応えることが己にとって最重要なのだ。なんと心地良い男であろうか。


 関羽は斬馬刀を両手で構え、気を送る。集中力を凝縮し、体の隅々までに己の力を漲らせる。

 と、同時に関羽の体が光輝こうきを纏った。だが研ぎ澄まされた関羽の視線は、ただただ迫り来る炎斬のみに向けられている。自分の体の変化に気づく間もない。


 脚を起点として半回転、筋肉の蠕動ぜんどうが足から腰へ、背筋へ、腕へと流れるようにつながっていき、


「———ツ!」


 吐き出す気合いと共に最大限の膂力を持って、斬馬刀を振り下ろした。

 飛翔する炎斬と斬馬刀が激しく衝突すると、赤い閃光を周囲に撒き散らし、関羽の紅顔をさらに赤へと染め上げる。魔法と剣技を融合させたアーディンの絶技を、関羽は真っ向受けて立った。


 得てして決着とは早急なもの。この勝敗もその限り。


 ———斬!


 関羽の斬馬刀がアーディンの放った焔鳥を両断した。左右に分かれた両翼は、関羽の遥か後方で地に落ち轟音を響かすと、爆煙を上げた。


「は、ハハハ。……もうこりゃ笑うしかねーな」


 力尽き、その場に腰を下ろすアーディンに、関羽がゆっくり近づいていく。


「カンウさんよ。今更多くは言わねぇよ。俺は力を出し尽くした。……もう戦えね。アンタの勝ちだ」

「いや、それは違うぞ。アーディン殿」


 関羽は右手に構えた斬馬刀の柄の先を、地面に軽くとん、と打つ。ぴしりと刀身に亀裂が走り、刃が折れ落ちた。


「俺ももはや戦えぬ。この戦い、痛み分けでござろう」


 言って左手を差し出した。


「……へっ。いい男だねぇ、カンウさん。気に入ったぜ」


 腰をついたまま左手で握り返す。

 二人の視線は柔らかなものへと変わっていた。

 

 ††††††††


「……おいクルスよ。おめーこんな御伽噺みてぇな話、聞いたことあるかよ?」

「あるわけないですって……」


 綺麗に切り出された組石で覆われた小部屋は、いくら通気口代わりの小窓がついていようとも、蒸し暑い室内を冷却するにはいささか心許ない。逃げ場の失った熱気にすえた臭いも融合する、言い換えれば男臭くて暑苦しい密室でアーディンとクルスは互いを見やり、汗を一筋伝わせていた。


 二人の正面にはもちろん関羽。テーブルを挟み、腰を下ろしている。


「このような荒唐無稽こうとうむけいな話を、すぐに信じてくれるとは思ってはいない。かく言う俺もにわかには信じ難く、今だ半信半疑な故」


 今までの経緯を、関羽は包み隠さず二人に話した。

 いや、一つだけ伏せた箇所がある。シエルのことだ。


 彼はまごうことなきこの世界の住人。で、あるならば、シエルの名前を出すことは、彼に迷惑をかけてしまう可能性も捨てきれない。一宿一飯の義理もある。関羽は小さな友人に、決して敬意と感謝を忘れなかった。


「……話せることはすべて話し申した。俺を信じてもらえないだろうか」


 義理を立てつつアーディンたちに打ち明ける。模擬戦で獲物を交えたアーディンなら、分かってくれると感じていた。根拠などはない。一太刀打ち合えば相手の力量が、二太刀目には相手の心を感じ取れる。それが関羽という男であるからだ。


 アーディンは頭をくしゃくしゃと掻きむしり、関羽を見据えた。


「……で、カンウさんよ。アンタ、本当に……」

「うむ。この城の隊の末席に加えてはもらえぬだろうか」


 項垂れるアーディンとは対照的に、クルスの目が輝いていた。


「いいじゃないですか! こんな強い人が兵として入隊してくれるのなら、我がフェルスタジナ領も他領に遅れを取りませんよ!」

「バッカ! よく考えてみろ! 簡単に兵にしてやれってな、いくら強いからって身元もわからないヤツを兵役に就けられるわきゃねーだろ! だからお前は『軍略バカ』って言われんだ!」

「ああ……確かにそうですね」

「……では、やはり兵として働くことは難しいのだな……」


 明らかに落胆の色を隠せない関羽の顔を見て、アーディンはむむむと考え込む。


「———よし! カンウさんよ。アンタ、記憶喪失ってことにしよう!」

「なぬ!?」

「で、だな。俺の遠い遠い遠い親戚ってことにしよう」

「……それでアーディン様、どういうシナリオを描いているんですか?」

「だからだな。遠い遠い遠い親戚が記憶喪失になって、かすかな記憶を辿って俺を訪ねてきた。俺はその遠い遠い遠い親戚の武力を知っているから、兵隊にしてやった。身元引き受け人は、俺だ」

「結局執権濫用じゃないですか!」

「うっせ! そうでもしないと無理だろ!? じゃあ他にいい案があるなら言ってみろ! 文字も読めない、国の常識も知らない、だけど手放すにはすっげー惜しい男を、どうやって手元に置いておくのかをなぁ!」


 うぐっ、とクルスが言葉に詰まる。


「よし! 決まりだ! カンウさん、アンタは今日からフェルスタジナ城兵の副隊長だ」

「ちょ! アーディン様ぁぁ! それはあまりにもやりすぎなのでは! 他の兵たちに反感を買いますよ!」

「いいんだよ! 兵に求められるのは強さと正道だ。このカンウさんにはその両方が備わっている。それにだ。副隊長として俺の側に置いておけば、対処できるってもんだろ?」


 アーディンは悪戯な瞳を関羽に向ける。


「……俺はまだ、完全には信を得てはいないのであるな」

「そんなもん、己の行動で後からついてくらぁ! これからよろしくな、カンウさん」


 これまさに。

 尤もな理屈だと、関羽は思った。

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