十幕 副隊長、関羽!
「朝早くに呼びつけて悪りぃな、みんな!」
翌日のことである。
まだ白み始めたばかりの空に、アーディンの声がほどよく通る。
場所は昨日と同じ修練場。そこに30人ほどの兵士が集まっていた。
皆、なかなかの面構え。関羽の力量を持ってしても「ほう、やるな」と認めざるを得ない猛者も、ちらほら見受けられる。それら一筋縄ではいかなそうな人材をまとめ上げているアーディンの求心力に、関羽は感服した。
「今日からこのカンウが、俺の右腕———副隊長になった!」
強者どもが騒めき立つ。ある者は不満を口にし、またある者は「あれが昨日の!」と、すでに噂を聞いていたようだ。
「分かってる、お前たちの言いたいことは。この人選に不服な者はたくさんいるだろうよ」
「……そんなの当たり前じゃないですか」
「なんか言ったか? クルス!」
「いーえ、なにも」
隣に侍る小さな副官がツンと顔を背けた後。
「えっとどこまで話したか……そうそう、だからな、このカンウに勝ったらソイツを副隊長に昇格してやる。誰か挑戦する者はいねーかぁ!」
ここに集められたのは、フェルスタジナ城を守護する兵隊長たちだ。
100人もしくは数百人を指揮する者として、まず最初に求められるのが個の力。有り体に言ってしまえば兵たる者は、誰だって自分より弱い指揮官には従いたくない。もちろん強さだけでは事足りない。強さに合わせ他人を鼓舞する力———いわゆるカリスマ性などが、指揮する人数に比例して必須となってくる。その最たる者こそアーディンである。
だからこそ、だ。
アーディンを慕うが故に、彼の側につかえたい、もっと距離を縮めたいと考えている兵隊長がほとんどで、
「俺がやろう」
後方から人をかき分けて、一人の男が名乗り出る。身長はアーディンとほぼ同じ。なかなかの偉丈夫だ。
「さあ! 俺と一騎打ちを!」
腰の獲物をすらり抜き、切っ先を関羽に向ける。皆が距離を取り、関羽と鼻息荒い兵隊長を取り囲む。
「クルス殿。昨日の武具はまだあるだろうか」
「僕が取ってきますね!」
「かたじけない」
などと会話をしている最中にも、兵隊長は手にした獲物を正面に構え、血走った眼で関羽を見る。
剣というには表現が矮小で、大刀と言っても過言ではない。
なるほど、関羽の体躯を見て物怖じしないところを見るに、腕力には自信があるのだろう。
「くぉ……お、お、お待たせしま……した!」
クルスが中腰になりよたよたしながら運んでくる獲物を見て、一同の顔から色が失せた。
関羽はクルスに礼を言い、ひょいと片手で持ち上げる。
自分の体を中心とし、斬馬刀を両手で踊らすデモンストレーション。
唸る風切音が大きくなるにつれ、相手の戦意は削がれていく。
「い、いくぞぉぉぉぉぉぉ!」
だが、名乗り出た男も腕に覚えのある猛者だ。恐怖を飲み込み関羽に向かって駆け出した。
推進力をプラスした、渾身の打ち下ろし。それを関羽は難なく柄で受け止める。
「———ふんっ!」
逆に関羽の切り上げで、相手の大刀はくるくると宙に舞い、やがて地面に突き刺さる。
「よし! 次! 誰か挑戦するヤツはいねーか!」
まだまだ続きが見たそうな、アーディンの弾んだ声が鳴り響く。
しかし、集められた部隊長は、皆俯いたままだ。
たったの二合で勝負が決してしまったのだ。しかも最初の挑戦者は兵隊長たちの中でも一、二を争う猛者であった。皆が静まり返ってしまうのも、致し方の無いことだろう。
「なんだなんだぁ? もう終わりかよ。ま、カンウの前じゃそうなるわな」
すっかり興を削がれたアーディンが散開を告げると、兵隊長たちは押し黙ったまま、ある者は持ち場に、またある者は我が家へと足を運ぶ。
ただその中に、不満を浮かべた顔は一つもなかった。
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