十二幕 クルスの秘め事
「二人とも、どうしたんですか? 顔が土色になっていますが……」
眩しいくらい陽を降り注いでいる太陽は、すでに中天へと差し掛かっていた。遅れながら修練場へふらつきながら辿り着いた二人の憔悴しきった顔を見て、クルスが開口一番言い放つ。
昨晩は飲んだボトルの数はもはや覚えていないほど、二人は大いに語らって痛飲した。そしていつの間にか酔いに揺られるがまま、眠りに落ちていた。アーディンは床に大の字に。関羽はテーブルに臥したまま。
そのまま放っておいたらいつまでも起きないであろうと心配した使用人長が昼近くに揺り起こすと、二人はようやく覚醒し、どうにか修練場まで来たものの。
「……うっぷ。悪ぃカンウ。魔法の訓練はもうちっと待ってくれ……」
口元を押さえながら修練場のトイレに駆け込むアーディンを見て、クルスは得心する。
「ははぁ。二人とも飲み過ぎたって訳ですね。朝の修練時間に大遅刻してしまうほどに」
「あいすまぬ。クルス殿……」
「クルスって呼んでください。カンウさんは僕の上官でもあるんですから」
アーディンほどではないにしろ、関羽も万全の状態とは程遠い。気怠さが体に重くのしかかり、頭の中はずきずきと痛む。見事なまでの二日酔いだ。
「カンウさん、ちょっと座ってください」
クルスに促され、関羽は腰をストンと落とす。実は立っているのも辛かったのだ。クルスの言葉を甘んじて受けた関羽の頭に、小さなの手が翳される。
「昨晩の過ちを悔い改めて、
クルスの掌が柔らかに輝くと、関羽の頭を優しく照らす。数秒の後、光が収まると。
「……なんと。二日酔いが軽くなった。クルス、これも魔法なのか?」
「ええ。僕の家に代々伝わる民間魔法なんです。ウチの家系は酒好きが多いから」
僕は下戸ですけどね、と付け加え、見上げる関羽をクルスの笑顔が受け止めた。
「隊長も吐くもの吐いてスッキリしたら、処置してあげないと。……まあアーディン様は無類の酒好きですから、いっつも僕が二日酔いを治してあげるんですけどね。カンウさんも副隊長という肩書きがついた身ですから、しっかりしてもらわないと困ります」
「……面目次第もない」
関羽は眉を下げ頬を掻く。申し訳なさそうな関羽に、クルスは気を利かせ閑話休題。
「カンウさん、僕はクルス・リーディン。見ての通り武術の
まだ十代前半と言われても何も疑問を抱かない、眼鏡を覆った童顔が破顔する。耳あたりで綺麗に揃えられた青髪が風にそよいだ。
戦術指南長とは。
おそらく軍師のようなものなのだろうと関羽は推測した。
そして生前関羽と行動を共にしていた名軍師の顔を思い出す。
彼も歳は若かったが、忠義の心と多彩な軍略を自由自在に操る天才だった。
才能に歳は関係ない。それを如実に教えてくれた
ならばこれもまた、同じであろう。
右手の拳に左掌を重ね、真剣な表情でクルスへと向く。
「この関羽、如何なるときもクルス戦術指南長の下知に従うことを、ここに誓おう」
「やだなぁカンウさん。面と向かってそんな畏まって言われると……なんだかくすぐったいっていうか……照れちゃいますね」
へへへと照れ笑いを漏らすクルスを見て、関羽の表情も柔らかになる。
アーディンが戻ってくる気配はない。ならばと関羽は今一番の関心事を尋ねてみた。
「してクルス。貴殿は再生魔法が得意とのこと。一体どのような術を使えるのであろうか」
「……実はですね。僕は耳が聞こえないんです」
「———!! そ、それは真か」
驚きを隠しきれない関羽に向かい、クルスは少年然とした笑みを浮かべる。
「だから僕は聞こえない耳の代わりに、人の気配を察知することに長けています。傷や体力を癒すだけじゃなく、自分の足りないことを補うのも、立派な再生魔法なのです」
この話は内緒にしてくださねと言い置いて、クルスは話を続けていく。
「僕の魔法『
「……クルスの魔法は、日々積み重ねてきた努力の賜物なのであろうな」
生まれ持った自分の欠損をカバーする魔法を、独自で編み出す者もいる。
だがそれは一朝一夕では到底なし得なく、弛まぬ努力が必須であり、途中で挫折する者も少なくない。それを知らない者たちは、ろう者だから障害者だから手に入れられた
笑顔の裏に隠された血の滲むような努力の日々。健常者には到底理解できぬであろう
思わず視界が霞みがかる。
クルスは落涙寸前の目を擦った。それと悟られないように。
「———カンウさん! 僕にできることがあったらなんでも言ってくださいね! 全力で協力しますから!」
「おお、かたじけない。これは頼もしい言葉を頂戴した」
うわはははと、関羽は一笑。クルスも釣られて笑い出す。
「お、なんだなんだ。何やら楽しそーじゃねーか。俺も混ぜてくれよ。……ってその前にクルス、いつもの
アーディンがふらりふらりと近づいてくる。
げっそりとしたその表情を見て関羽とクルスの笑い声は、さらに大きく鳴り響いた。
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