十三幕 魔法の訓練

「おし! じゃあおっ始めるか!」


 酷い二日酔いから復調したアーディンが、鬱憤を晴らすかのように声高にそう告げる。

 関羽はひとつ、小さな礼をしてアーディンにへと向き直る、のだが。


「……って、俺が教えてやりたいところだが、どーも俺は教えるのがヘタらしい」


 言いながら、隣に立つ頭二つ分小さい戦術指南長に視線を向ける。


「はい! それでは僭越ながら不肖クルスが、副隊長殿にご教授します!」


 妙に張り切っているクルスに対し、アーディンがやや渋った表情で、


「あん? お前『僕はエラソーに人に教えることが好きじゃないんです』なんつって、いつもは渋々引き受けるのに、一体どういう風の吹き回しだ? おい」


 対応の違いを指摘するも。


「細かいことは気にしないでください。アーディン様はまだ本調子じゃないんですから、そこら辺に座っててもいいですよ!」


 クルスはまるで蝿でも追いはらうかのように、しっしと手を振った。


「おま……隊長に向かってそのクソ舐めきった態度は……まあ、いいや。じゃ、俺は見学させてもらうとするか」


 アーディンはトコトコ数歩後ろに下がり、どかりと腰を落としてあぐらをかいた。


「では改めて。よろしくお頼み申す、クルス戦術指南長殿」


 関羽は綺麗にお辞儀をして、クルスに敬意を表した。


「では始めましょう。そうですね……まずはカンウさん、何か好きなことを一つ、イメージしてください」

「……好きなこと?」

「ええ。なんでも構いません。好きな食べ物、好きな人、好きな草花……ジャンルは問いません。本当になんでもいいんです。自分が好ましいと感じる何かを心に描いてください」


 と、急に言われても。関羽は戸惑いをあらわにする。だがしかし。


 好きな人、か。


 関羽は目を閉じ心の内で、それを言葉に変換する。

 脳裏に浮かんだぼんやりとしたイメージが、急速に動き出した。


 散り散りとなった光の粒子が強烈な引力によって収束していくように。あるいは深い霧が突風で霧散して、遥か遠方の景色が視界に現れるかのように。


 一人、いや、二人の男の影が見えた。

 一人は均等の取れたシルエット。それよりも頭一つ大きいもう一人は、肩幅も広く恰幅の良い、だが決して肥満ではない体つき。


 あたかも蛇が脱皮をするかのように、足元から影がめくられて色付いていく。


「———カンウさん! 目を開けて! 自分の体を見てみて!」


 クルスの声で、関羽は意識の底から呼び戻される。そして自分の体を見た。


「こ、これは……」


 ほのかにだが、体が発光しているではないか。

 己の体が光るなど。蛍でもあるまいし。

 関羽は自分の体に発現している事象に目を奪われた。


「それが魔法の元素となる魔力です。魔力は自分に潜在する内なる力。心を開放し体の隅々にその力を循環せるときに、心と体の摩擦によって湧き上がるエネルギーが、魔力だと言われています。そして、その力をイメージし具現化したものが魔法という訳です。心を開放するコツは、自分の好きなことを想う気持ちととても似ていて、まずはそこから練習していくのですが……思った通りやっぱりカンウさんは飲み込みが早いですね!」


 興奮気味のクルスの顔が、上下にぴょんぴょんと跳ね出した。

 関羽の体を覆う光は、次第に小さく弱くなっていく。


「さあ、カンウさん。もう一度やってみよう!」

「うむ!」


 関羽はもう一度目を閉じる。

 先程の過程を踏襲して、心を開放。心と体の気脈に意識を高める。

 そして今度は己の意志で刮目する。

 先程と比べ、より強い発光だった。


「いいよカンウさんその調子! 次はその力をコントロールする練習だけど……全身にみなぎった力を、まずは右手に集めるイメージで……」


 クルスの説明とほぼ同時に、関羽の全身の光がゆるゆると動き出していく。光は右掌に集約すると凝縮され、濃厚な輝きを見せ始めた。


「クルスよ、こうであるな。して次はどうすればよい?」

「は、はははは……30分もしないうちに、ここまでできる人なんて……今まで見たことないや……」

「こりゃ俺もうかうかしてらんねーな。魔法までカンウに頭抜かれちゃ、俺の立場がなくなるってもんだぜ」


 呆れ顔のクルスに合わせ、アーディンがむむ、と顔を顰め口の端を上げた。

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