四十四幕 烈火のアーディン
関羽とアーディンは、隊列を再構築するために馬の脚を一時止めた。
およそ三年前に出兵した兵士たちの亡骸であろうか。
開け放たれた
地獄へと繋がるその
おそらくは最後の砦と言うところであろうか。
対する関羽とアーディンの率いる騎兵は、それぞれ三百を割っている。
関羽とアーディンの両名が持つ、
しかし、それは
今や関羽でさえ、肩で小さく息をするほどだ。
他の騎兵たるや、その疲労度は計り知れない。
「……アーディンよ。ここは俺が引き受けよう。其方は少し下がって俺が討ち漏らした魔物を確実に仕留めてくれ」
関羽の言葉に、アーディンは目を見開いた。
アーディンも率いた騎兵と同じくして、疲労の色は隠し切れていなかった。
いや、贔屓目に見てもそれ以上か。
アーディンは両手に持つ双刀に、魔力を宿して戦うスタイルだ。
瞬発力は言わずもがな折り紙付き。その実力は当然関羽も認めるところであるのだが、その反面魔力の消費も尋常ではなく、こと持続力に至っては、魔法習得から日が浅い関羽に劣る。
最初にアーディンと手合わせをしたとき然り。
そしてここまでの行軍を経て、関羽は彼の唯一の欠点を見抜いていた。
「……友として、頼む」
「友だからこそ、その頼みは聞けねえなぁ。……カンウよ、お前は友を一人で死地に行かせることができるのかい? できやしねぇだろう」
アーディンが破顔した。その額には、汗がいくつもの筋を作っている。
「自分ができねぇことを、人に頼んじゃいけねぇやな。……それにコイツらを倒したら、ようやく夢にまで見た魔物の親玉のツラを拝めるんだ。———いくぜっ、カンウ!」
誰よりも先に、アーディンが馬蹄を蹴立て突撃した。
関羽も遅れてなるものかと、追従する。
この場で突貫力は必要ない。求められるはこの二千の魔物に壊滅的なダメージを与えることである。望むらくは
故に陣は
アーディンを先頭に末広がりに展開した騎馬隊が一つの塊となって、
「うらああああああああああああぁぁぁぁあああああっ!!」
アーディンの雄叫びが、血煙で淀んだ空気を震わした。
振り上げた右の刃で魔物を両断。左の刃で迫る魔物の胸を一刺すると、そのまま真横に薙ぐ。崩れ落ちる魔物の影から巨躯の魔物が立ち塞がる。手に持つ石鎚が振り下ろされるもアーディンは、刃を交叉して真っ向受け止める。そのまま柄に刃を滑走させるとチリチリと赤い
これぞ『烈火のアーディン』と二つ名を持つ彼の真骨頂だ!
アーディンの闘気に煽られた騎兵たちも、彼に負けじと気迫が疲労を凌駕する。瞬く間に魔物の半分を討ち取った。
———だが。
空高く、何かが舞い上がった。
「……あと一歩だってのにな。……ちくしょうめ」
鮮血は少し遅れて降り注がれ、刃を握った左腕がドサリと地面に音を残す。
片翼を失ったアーディンは、馬上でぐらりと体勢を大きく崩した。
魔物の数体がこれ好機と、急襲する。
「アーディンっっ!」
関羽の声より偃月刀の轟音のほうが早かった。
アーディンを襲おうとした魔物の首が漏れなく宙に飛び、胴は血の噴水を高々と放出した。
馬を寄せ関羽は、残された右肩を抱き寄せる。
綺麗に切り取られた肩口からは、絶え間なく鮮血が溢れ出ている。
まずは止血をしなければ。
関羽は己の衣服の袖を引き千切り、アーディンの首を支点にして左肩を止血する。
「しっかりしろっ! アーディン!」
関羽の呼び掛けにもアーディンは応えない。
と、勇ましい
呂蒙率いる歩兵隊がようやく到着したのだ。数は七百ほどまで減ってはいたが、臆することなく乱戦の場へと突撃した。
敵味方入り乱れる戦場でも、馬上の関羽はとかく見つけやすい。
呂蒙は馬を走らせた。
走らせながら、事態を悟った。
「アーディン殿っ!」
「良いところで来てくれた、呂蒙よ。アーディンをなんとか下山させてはくれまいか?」
「分かりました。我が隊にはまだ騎兵が三十ほど残っております。私も同行します。『高きにより低きを視るは勢いすでに破竹の如し』と言いますし、この命に換えてでもアーディン殿は」
「……お、おいリョモウ。お前がいなくなったら、この
アーディンの意識が覚醒した。
「……お、俺はよ、いつまでも男に抱きつかれて喜ぶ趣味なんて、持っちゃいねーぜ」
彼は関羽を振り払うようにして、背筋を伸ばす。
その姿は見惚れるほどに、美しかった。
「———
「……そんな……貴殿を置いてなど行けません!」
「……だ、誰かがこの門を守らなきゃ、城内に魔物が雪崩れ込むかもしれないだろ?」
呂蒙が率いた歩兵隊の加勢によって、門を守護する魔物はあらかた討ち滅ぼしていた。
だがアーディンの危惧も一理ある。
この戦いで魔物が終始、
「お、俺を足手まといにさせないでくれ。……死ぬ場所くらい、てめえで決めるさ」
アーディンほどの男にこうまで言われ、恥をかかせれば義に
呂蒙も
「……分かりました。では歩兵五百を残します。この門を死守してください」
「ありがてぇ……。す、すまねえな、リョモウ」
成り行きを見守っていた関羽が、とうとう口を開いた。
「アーディンよ。我らが魔王の首を刎ねるまで、死んではならん」
「そ、それは、友としての言葉かい?」
「もちろん。俺は其方が秘蔵している酒を皆と飲みたい。誰一人、欠けることなく、だ」
「はは、参ったね。そ、それじゃここで死ぬ訳にはいかねーなぁ。こ、ここは任せてくれ。お、お前たちが魔王と一戦終えるまで、持ち堪えてみせるからよ……だから、は、早く行ってくれ……」
関羽とアーディンは視線を絡ませる。
もう言葉など必要なかった。
関羽と呂蒙は
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
臓腑を揺るがす咆哮を放ち、目の前の残党を関羽が切り裂いていく。
それを見送ったアーディンは、小さく一笑。
実に晴れ晴れとした、屈託のない笑顔であった。
「さてと……さ、最後の仕事をやるかぁ。全員、門の前で隊伍を組めっ!」
歩兵五百が門を塞ぎ、アーディンを慕いこの場に残った騎兵百が、前列で綺麗に馬を並べた。
その先端はアーディンである。
睨みを利かせた眼光は、鋭さを増していた。
周囲の魔物が、ぱらぱらと群がってきた。
やはり予想通りか。
だが翻せば、群がる魔物はそれなりに力を持った個体だと言うことになる。
アーディンはこのとき、多量の出血によって視界がぼやけ始めていた。
「———あ、アーディン隊長っ!」
騎兵の一人が叫んだときには、刃こぼれした魔物の矛が、アーディンの脇腹に深く深く突き刺さっていた。
が、当の本人は少しも動じることなく。
「あ、ありがてぇ……。もう視界が霞んでてな、この目は使い物にならねーんだ。そっちから来てくれて、た、助かるぜ」
魔物の首をまるで親しい人にするように、右腕で馴れ馴れしく
そのまま手にした刃で、魔物の首に線を引くと、どす黒い魔物の血が噴き上がった。
皇女シエル・アルガートの腹心で、フェルスタジナ城兵隊長を務めた彼の風評は、「酒好き」だの「近寄り難い」など数あれど、それは表面的な部分のみで、皆一様に「だけど」と付け加え、同じことを口にする。
———情に
アーディン・カムラは命の炎が燃え尽きるそのときまで、人々が語る通りの男であった。
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