四十五幕 玉座の間

 城内はおしなべて、ものの見事に朽ち果てていた。

 壁にはところどころに黒いしみがへばりつき、蜘蛛類が網状の住居を好き勝手に建築している。権威の象徴となる見栄や煌びやかさなど、欠片もなかった。この風景を目の当たりにしてここが城などと、一体誰が思うのだろうか。


 関羽が従えている騎兵は二百ほど。呂蒙が率いる兵はその大部分が歩兵で占め、やはり二百ほど。

 三千からなる兵は、一割強にまで激減していた。

 残された兵の多くは、取り立てて武に秀でている訳ではない。

 仲間がその身を呈してここまで導いてくれたのだ。道半ばで力尽きた仲間の想いも背負っている。で、あれば、過剰に気負いもするであろう。


 決死の覚悟をおもてに浮かべた兵たちを、関羽と呂蒙が従えて進む。

 城内は意外に広く、兵が二列になっても通れる通路を有していた。

 そして魔物の気配は一枚ひとひらも感じられない。


「下層の通路は一本道だが、上層に登る階段もある。如何する、呂蒙よ」

「上に登るには騎馬では難しいでしょう。我々は寡兵です。まずは全員で探索できる下層を進みましょう」

「……城外のアーディンが心配であるが、いた仕方なしか」

「はい。急いで事をし損じては、元も子もありません」


 関羽たちは、まずメインとなる大通路をゆっくり進んでいく。

 左右にある扉を一つずつ開けながら、慎重に。かつ早急に。


「……ここまで魔物の姿がないと、逆に不気味になってきますね」

「よほどこの城の防備に、自信があったのだろう。存外城内の魔物は少ないのかもしれないな。呂蒙よ、お主ならどう考える?」

「そうですね……。寡兵なら寡兵の戦い方を考えます。すなわち先手をとるか、必勝の策がある戦地まで、敵を誘き寄せて叩くでしょう」


 城を突き進むと、中庭に辿り着いた。

 中庭は当然手入れがされておらず、草木が鑑賞とは程遠い有様に生えており、円形に囲まれた壁には蔦が、網の目のようにしがみついている。天井は存在しなく吹き抜けになっているため、厚い雲の隙間を縫って柔らかな光が降り注いでいた。


「……このような開けた場所で包囲して、侵入者を一網打尽に絡めとるのが、一番かと」


 言うや否や、呂蒙は部下に手合図で、戦闘準備の指示を出す。

 二列に並ぶ部下たちは隙のない動きで、隊列の幅を膨らませていく。


 そして呂蒙の予言は、現実のものとなる。

 上層のせり出したテラスに、魔物が一体、また一体と姿を現した。

 その数は増え続け、瞬く間にテラスを埋め尽くしていく。


「———全員、頭上に警戒せよ!」


 関羽が叫ぶより先に、魔物が頭上から降ってくる。

 陣を組み直し、周囲を警戒する形にしたことがあだとなった。

 魔物は密集する兵目掛けて、飛び降りてくる。

 魔物に人間ほどの恐怖心はない。

 兵たちは降り注ぐ魔物に潰されていく。直撃は避けても、魔物が持つ原始的な得物に、または鋭利な牙や爪によって、なすすべなく力尽きていく。

 落下の重力を味方につけた、魔物が一方的に優勢であった。


「全員散会っ! 一箇所に集まっては格好の標的となります! とにかく動き回って、魔物を躱すことを第一に考えてください!」


 呂蒙が的確な指示を出す。

 騎兵が、歩兵が、可能な限り散り散りになると、味方の被害は軽減した。

 が、やはり頭上からの攻撃は相当に有利である。

 死傷者は減ったももの、戦局を覆すとまではとても言い難い。


 またも決断の時である。

 呂蒙には一瞬の迷いもなかった。


「この場は私にお任せをっ! 関羽殿は先に進んでください!」


 中庭へと繋がる通路は、二つだけだ。

 今まさに進んできた通路と、その対面にある通路だけ。


「ここが降魔城こうまじょうの最大の狩場なのでしょう。ならばこの先、魔物の数はそう多くない筈です。私はここで指揮を執ります」

「……だが呂蒙。魔物の数は、思ったよりも多いぞ」


 中庭を取り囲むように設置されたテラスには、おびただしい数の魔物が戦場に飛び掛かろうと待ち構えている。

 その数は、三百は下らない。

 さらにその奥にも魔物が順番待ちをしている可能性もある。

 いや、ほぼ間違いなくそうであろう。


「ここで魔物を足止めするのが、この先の勝利へと繋がります。さ、お早くっ!」

「……すまぬな、呂蒙よ。お主も死んではならんぞ」

「ええ。私はこの世界でやりたいことを見つけたのです。ですので、こんなところでは死ぬわけにはいきません」

「ほう? それはなんだ? ……いや、この戦が終わってからの楽しみにしよう。……五十騎連れていく!」

「はい! どうかご武運を!」

「其方もな!」


 関羽は率いる隊に声をかけ、先へと続く通路に向かって駆け出した。

 呂蒙の予想通り、魔物の襲撃は皆無だった。

 五十騎は一列になり、荒廃した薄暗い通路をただひたすらに駆けていく。


 そしてとうとう馬が止まった。

 目の前の大きな門———ここが終着点であった。

 騎馬でも四列でゆうに通れる鉄門である。


 部下が下馬をし、数人がかりで扉を押すと、ぎしぎしと鉄が擦れる音をくぐもらせ開門する。


 先程の中庭くらいの広さはあるだろうか。

 装飾や威厳は一切ないものの、ここが玉座の間であることは漂う雰囲気で感じ取れる。

 

 関羽を先頭に、静かに馬を進めていく。

 遠くに玉座が見えた。誰かが座っているが、部屋が薄暗くはっきり姿が確認できない。


 だが身体がひりつくような禍々しい気と、恵まれた体躯シルエットに、記憶の棚が揺さぶられる。


 偶然か。はたまた必然か。

 雲に覆われた空から陽が差すと、灯り取りの窓が玉座を照らし出した。

 その姿は神々しくもあり、 そしておぞましくもあった。





「お、お主は、———呂布っ!」

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