四十三幕 山頂へ

 降魔城こうまじょうを守護する魔物の群れは、やはり統率が取れていた。


 もはや『群れ』と呼ぶには妥当ではない。

 その行動には断固としての意思が存在している。


 例をあげれば、魔物の小隊が正面から足止めを試みる一方で、別の小隊が左右に回り込んで包囲せんとする連携然り。

 今までの魔物の突撃———ただ我武者がむしゃらに突撃するそれとは、明らかに異なっている。


 稚拙ながらも戦術を孕んだ動きであった。

 もちろんクルスや呂蒙が同じ戦術を行使すれば、軽く二回りは上手くやってのけるだろうが。


 おとり役として戦端を開いた三軍の戦いを山裾でしかと目にした関羽であったが、では実際に相対するとなかなかどうして。


 戦況を傍観するのと、いざ肌で感じるのでは相違なるもの。

 現に、関羽が想像する一回り上をいっていたのだ。


「———おいカンウ! 単純な連携ばかりだがよ、これだけの魔物となると結構キビシーな!」

 

 アーディンが馬上から魔物を唐竹に割り、少し先を駆ける関羽に叫ぶ。

 関羽も呼応するように、横薙ぎ一閃。魔物の首を四つ刎ねる。

 刎ねて振り向き、アーディンを見た。


「なんの! 少々歯応えがあるがまだまだよ! ものの数ではない!」

「……へっ! 強がりやがって……疲れたらいつでも先頭を交代するぜっ!」


 流石に猛者が二人して、先頭でくつわを並べ技倆ぎりょうを出し惜しみしなければ、隊の貫通力は驚嘆に値する。

 現状、山の四合目まで踏破していた。呂蒙が率いる歩兵隊も、騎馬隊の尻になんとか喰らい付いている。


 だが、四方から群がる数多あまたの魔物に、騎馬隊の足が鈍ってきているのもまた事実。

 じわりじわりと真綿で首を絞められるように、魔物の包囲が狭まりつつあった。


 そしてとうとう、恐れていた事態へと発展してしまう。


「……カンウっ! 魔物がケツに割り込みやがった!」


 やはりか、と、振り返る関羽。

 

 騎馬隊と歩兵隊では、どうしても足の速さで差が出てしまう。

 騎馬隊の殿しんがりと歩兵隊の先頭が、ここまで奮闘してきたのだが、魔物の物量に押される形となってしまい、両隊の隙間に多数の魔物の侵入を許してしまったのだ。


 一度あいだに入られると、それを挽回するのには時間がかかる。


 騎馬隊と歩兵隊に割り込んだ魔物を殲滅せんとするならば、前に前にと進撃していた騎馬隊の、進行方向を真逆に変更する必要がある。


 今、馬首を返すのは、目的から背を向けるのと同義に他ならない。


 山の高所に向けた力のベクトルを逆に向けてしまえば、仮に後方の魔物を駆逐しようが、失われた勢いは戻ってはこない。作戦は失敗に終わるであろう。


「関羽殿! アーディン殿! 我らに構わず先に進んでください! 必ずや、後から駆けつけます!」


 歩兵隊の先頭で魔物に槍を突きながら、呂蒙が声を大に叫んだ。

 呂蒙の目は、諦めていない。

 それだけ分かれば関羽には充分であった。


「先に行くぞ呂蒙よ! 必ず、上がってこい!」


 呂蒙は無言で首肯する。

 両者の間に魔物の濁流が押し寄せると、歩兵隊は関羽の視界から消えた。


「———行くぞ! 我らはひたすら駆け登るのみ!」


 関羽は瞳に頂きの降魔城こうまじょうを写し込む。


「我が行手を遮る輩は、命なきものと心得よ!」


 35斤(約21kg)の偃月刀を横に薙ぎ払い、活路を作る。

 すれ違いざまに魔物を袈裟斬りで見事に両断すると、そのまま横8の字を描くように逆袈裟で、またも魔物を綺麗に捌く。

 

 それが一体ずつではないのだから、凄まじい。

 桁外れの膂力。そして洗練された武技。

 この一連の動作で、関羽は六体の魔物を奈落に突き落とした。

 

 先頭の二人が後ろを顧みない覚悟を宿せば、騎馬隊は息を吹き返す。

 鈍化していた進撃に、みるみるうちに速さが蘇った。


 そして追い風は突如として吹きすさぶ。


 イレメスタ軍のジャルクと、クリグーズド軍のイエガーが左右に分かれ、山の裏側から千騎ずつ率いて駆けつけたのだ。

 

 もちろん両軍ともつい先程まで剣を振り、矛を突き、激闘を繰り広げていた身だ。ある者は甲冑が半壊し、またある者は、鮮血をしたたらせ、誰一人として無傷な者などいない。


 両軍ともに、この戦場に長居をするつもりはない。

 なけなしの力を搾り出しての一撃離脱。


 それでも嬉しい誤算である。


 完全に虚をつかれ、背を討たれる形となった魔物の集団にもれなく動揺が伝播する。


 これを見逃すほど関羽たちは甘くない。


 関羽とアーディンが率いる騎馬隊は、さらに山頂目掛けて加速をし、呂蒙の歩兵隊は魔物の包囲網から抜け出した。


 関羽とアーディンは群がる魔物を斬って斬って斬り捨てる。

 二人を先端とした一点突破だ。

 決して馬の脚は緩めない。後ろの騎兵が傷つき落伍しようとも。


 騎馬隊は痩せ細りながらも、いよいよ山頂に近づいた。

 目の前には降魔城こうまじょうへの入り口———大門が口を開けて待ち構えている。


 だがそう易々と、一筋縄で事が運ぶはずがない。

 大門の前にはしっかりと、魔物が列を成していた。

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