三十六幕 クリグーズド城内の宴

 クリグーズド城内が、凱旋の熱気に包まれていた。


 大きさではフェルスタジナ城の倍はあろうかというクリグーズド城の目抜き通りもまた広く、住民たちが側道や建物の窓から歓声を、惜しみなく降り注ぐ。

 クリグーズド軍に追従する形で、フェルスタジナ軍とイレメスタ軍は健闘を讃える人のアーチを潜り抜けた。


 今だ途絶えない歓喜の合唱を背中で聞きながら、城壁に近い広場で行軍が止まる。クリグーズド軍から騎士の一団が向かってきた。


 シエルもアローラも、側近を連れ立って近づいていく。


「ハハハハハ! 久しいなアローラ、シエル! ここまでの道中、大変だったであろう。援軍、感謝する!」


 騎士の一団で一際豪奢な甲冑を身につけた男が、快活な笑い声を伴って前に出る。


 彼の名は、サーヴァス・アルガード。

 六人の皇子の中で長男の彼が、本来ならアルガート帝国の将来を背負う運命だった男である。


「サーヴァス兄様もお変わりなく。元気そうで何よりです」

「そう言うシエルも、随分と背が伸びたな。それにフェルスタジナでこれほどの兵を集めるなど、思ってもいなかった。兄として誇りに思うぞ。ハハハ!」


 サーヴァスは兜を取り、シエルを見る。

 短く刈られた金の髪が、精悍な面貌によく似合う。

 一転笑うと人懐こい顔になるのが、彼の性格をよくよく表していた。


 降魔城こうまじょうを制圧した者がアルガート帝国を継ぐ公約は、国を支える武官、文官と上級貴族だけで知るところであるが、ただ長男だからという理由のみならず、実際にサーヴァスを次王にと推す側近は多くいる。


 民衆からの人気も篤く、裏表のない実直な気質とからりとした性格は、多くの人望を集めていた。

 虎視眈々と王位継承を狙っているアローラでさえ、兄サーヴァスにはやはり一目置いているのが何よりの証。


 もともと王位継承に興味のないシエルは、兄妹の中でいつも自分を気にかけてくれていたサーヴァスを慕っており、この兄が王位を継ぐのが国のためだと心底思っていた。


 人望もあり、器もある。


 そんなサーヴァスだからこそ、領内に降魔城こうまじょうを有する激戦必至のクリグーズド領に配されたのは、当然のことと言えた。


「さて、いつまでも立ち話など無粋だな。続きは城内だ。歓迎の宴といこう。もちろん其方らの兵たちにも、食事と酒を用意させる。ははははは!」


 サーヴァスは外套を翻し、さあ付いてこいと歩き出す。

 シエルは嬉しそうに、アローラは少々苦々しい顔で、側近を伴い頼れる兄の後を追った。


 

 クリグーズド城内は、サーヴァスという人柄を如実に表していた。

 

 無駄は嫌うが飾るべきところは惜しげもなく装飾する。

 国を背負う長男として、教育されてきた背景が染み付いているのだろう。

 だが、彼の人徳がそうさせるのか、嫌味に感じないのが不思議である。

 

 一同を集めた大広間も、程よい富貴で彩られていた。

 

 円卓にシエル、アーディン、関羽が座り、アローラとその側近が対面に座る。

 甲冑を脱ぎ、礼服に着替えたサーヴァスは側近を従えて、少し遅れて部屋に入った。

 そして上座に腰を下ろす前に、円卓の全員の顔を見て口を開く。


「まずは火急の援軍に礼を述べたい。あれはシエルの軍であろう? まさに稲妻の如き突貫であった。我が兵にも見習わせたいものだ。本当に助かった」


 サーヴァスの声はよく通る。そしてまた虚栄や過信は一切ない。

 気持ちが良いほど頭を下げて、感謝の意を表した。


「……そんなサーヴァス兄様。同国の民が襲われていたら、救いの手を差し伸べるのは当然のことです。どうか頭を上げてくださいませ」

「……本当に成長したな、シエル」


 サーヴァスは嬉しそうに頬を緩めると、自席に座った。

 側近も着席すると、使用人たちが静々と退出していく。


「ところで我が軍を助けてくれた勇者の一人がアーディン殿だとは知っているが、もう一人、恐ろしいほどの武人がフェルスタジナにはいるのだな」


 サーヴァスの視線が、自然な流れで関羽へと移る。


「彼はカンウ。我がフェルスタジナ軍をアーディンと共に率いる武人です。以後お見知りおきを」


 シエルの言葉で関羽は浅く頭を下げる。


「……カンウ殿であるか。貴殿の圧倒的な武力は、俺のこの目に焼き付いている。頼もしき武人であるな」

「もったいないお言葉、至極光栄でござる」

「ふはは! 物言いも堂に入っておる! フェルスタジナは人材の宝庫であるな。シエル、お前が羨ましいぞ!」


 サーヴァスの笑い声が響く中、扉が開くとワゴンを押した使用人が列を成す。

 大広間に、食欲を刺激する香ばしい匂いが拡散された。


「話し合うことは山積だが、まずは腹ごしらえだ。急拵えで作らせた料理故、口に合わなかったら容赦して欲しい。さ、遠慮せずに沢山食べてくれ!」


 サーヴァスが謙遜してそう言ったが、テーブルに並べられた料理はどれも一級品の味であった。


 行軍中の食事事情には、やむを得ない制限がある。

 まさか料理人を同行させる訳にもいかず、手の込んだ料理ものを作る時間もない。 

 大体が煮るか、焼くかするだけのもの。料理というには程遠い。

 もちろん調味料のたぐいは持ち合わせているが、時間の経過で落ちた味を誤魔化すための、最低限の一手間である。

 

 シエルとアローラは分かりやすく出された料理に歓喜し、その側近たちは控えめに感動する。

 それは関羽とて例外ではなかった。


(美味い。五臓六腑に染み渡るとはまさにこのことよ)


 関羽の前に並べられた皿が、瞬く間に空になっていく。

 給仕を担当する使用人が皿を下げ、新たに料理を並べていく。

 関羽の席のみ、皿の交換頻度が尋常ではなかった。


「ふははははは! さすが豪傑! 食べっぷりも気持ちが良いものよ!」


 サーヴァスが大笑するも、シエルは気まずさを覚えてしまう。


「ちょっとカンウ! もう少し遠慮しなさいよ!」

「ぬ? 何故に? サーヴァス殿下もああ言っておられるではないか。遠慮など逆に失礼に値するであろう?」


 小声で話す二人をよそに、サーヴァスが話を切り出した。


「さて……肝心な話をしよう。時間も惜しいので皆、食べながらで良い。我がクリグーズド領も、降魔城こうまじょう攻略に向け兵を集め編成している。だがここは降魔城こうまじょうに近いせいか、魔物の侵攻が激しく、守備兵を多く配置しなければならん。故に他領の加勢を頼もうと考えていたのだが……」


 頼れる兄は続く言葉を打ち切って、シエルを見る。次に視線をアローラに移した。


「……公約の件ですね。お兄様」

「そうだ。連合軍になると、どの領が降魔城こうまじょうを落としたのか、後にわざわいの元になると思ってな。……時にシエルとアローラよ。其方たちはどのような経緯で共闘しているのだ?」

「私はシエルなんかに負けるつもりはないですから。共闘というよりはフェルスタジナの弱兵を率いていると思っています」


 アローラの言葉にシエルの眉根がくっと寄る。

 姉の暴言に腹は立つが、シエルの本意はそこではない。


「サーヴァス兄様。私は王位継承に興味はありません。魔物がなくなる世が訪れるのであれば、平和に統治してくれるのであれば、兄妹の誰が王になろうが構わないのです」


 ほう、とサーヴァスが片眉を上げ、興味を示した。

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