三十五幕 クリグーズド領での攻防

「カンウ! 左の群れを頼む!」

おう! 任された!」


 クリグーズド領内へと南下を始めて、既に三日が経とうとしていた。

 縦に領地を測るなら、現在の位置は丁度1/3辺り。領の中枢を担うクリグーズド城まで、あと二日の距離である。


 遮るものが何もない青天からは、陽の光が絶えず注がれている。

 その真下で今まさに、フェルスタジナ軍とイレメスタ軍は魔物の小隊と交戦していた。


 クリグーズド領内に深く足を踏み入れるにつれ魔物が散見し、昼夜問わず襲いかかってくる。

 数は多くても千程度の群れなので、よもや負けることなどまずあり得ないが、その頻度に問題があった。


 数刻ごとに魔物の小隊と交戦をするのだ。

 それが続くとなると、さすがにたまったものではない。

 兵力差で圧倒できる数とは言え、何人、または何十人かの犠牲がでてしまう。

 薄皮を剥がすように、少しずつ、そして確実に戦力が削られていくのである。


 加えて魔物の質も尋常ではなかった。

 少なくともフェルスタジナ領で出没する魔物であれば、状況が不利だと悟るや否や、生存本能が働いて逃げ出す魔物がほとんどだ。

 

 に比べ、クリグーズド領の魔物はどうであろう。

 周りに横たわるともがらの死骸を乗り越えて、最後の一匹になろうとも、凶暴さを剥き出して向かってくる。

 まるで何者かによって操られているかのように、だ。


 これには流石の精鋭たちでさえ、怖気づいてしまう。

 絶命するその数秒前まで殺気を放ち、立ち向かう敵など恐怖でしかない。


 恐怖は疲れを倍増させるだけでなく、天を衝くほどの士気さえも次第に低下させていく。

 士気の低下は恐れの始まり。

 今は表面化していないだけで、いずれその種は、軍全体へと深く、広く根を張っていくだろう。

 


 魔物の小隊を駆逐したアーディンと関羽は、くつわを並べて本陣へと帰還した。


「おいカンウ。お前の隊は何人られた?」

「……八人。しばらく戦線復帰できない重傷者も含めれば15人だ」

「俺んとこは18人だ。……このまま消耗戦を続ければ、降魔城こうまじょうまで持たねーぞ」

「確かにな。領都であるクリグーズド城にどれくらいの兵がいるか分からぬが、この戦況を一変できるほどの希望がなければ、立て直しは難しい」

 

 流石の戦神も、この戦況にため息を落とした。


 ††††††††


 見立て通り二日後には、クリグーズド城近郊に到着した。


 通常栄えた城の周りには、農村などが点在しているものである。

 だが、視界に入るはその残骸のみ。人的被害の痕跡が見当たらないのが唯一の救いではあるが。


「前方、半里(約2km)に多数の気配を感じます! ……そ、その数は万を超えるかと!」


 クルスの独自魔法シングルマジックである『遠聞術ボディ・イアー』が、この先の危惧を察知する。


「ま、万を超えるだとぉ!? おいクルス! それが全部魔物だってのか!?」

「そ、それは分かりません。もう少し近づけば正確に感知できるのですが……」


 関羽が被せ気味に問いただした。


「クルス! その辺りがクリグーズド城で間違いはないのだな?」

「は、はい。方角と距離からして、城を中心に殺気を感知しています」

「なら、考えている暇などない。向かう先も変更はない。魔物がいようが蹴散らせばいいだけのこと」


 関羽の言うことは尤もである。

 アーディンの口元が吊り上がった。


「……ちげぇねぇ。おいクルス! 俺とカンウはクリグーズド城に先行する! お前はイレメスタ軍にこのことを伝え、俺たちを追いかけるように伝えろ! シエル様をしっかりお守りするんだぞ!」

「は、はい! どうかご武運を!」


 関羽とアーディンの騎兵が、全速力で駆け出した。

 その数は二千強。


 最悪のケースも想定できるが、それはないと関羽もアーディンも確信めいていた。

 

 最悪のケースとは、魔物の手によってクリグーズド城が陥落しかけていることである。

 だがそうなると、城からそこそこ近いこの場所で敗残兵の一人も見かけないのは可笑しな話だ。


 故に、その考えは切り捨てた。

 今まさに、クリグーズド城は交戦中なのだ。 

 

 もしもクルスが感知した万を超えるすべての数が魔物であるならば、いくらアルガート帝国随一の軍様を誇るクリグーズド軍といえども、魔物の大群に押し込まれている可能性が高い。


 それならば厳しい兵力差ではあるが二千でも、援軍に向かう意味は大きい。いや、むしろ歩兵の足に合わせた救援より、騎馬での急襲のほうがはるかに効果がある。


 まさに、兵は神速をたっとぶ、である。

 あとは兵力差の問題だ。

 一万超えの殺気のうち、味方の兵がいかほどいるか。


「見えたぞ! あれがクリグーズド城だ!」


 フェルスタジナ城よりも二回りほど大きな城塔が、地平線から顔を出す。

 城がすべての姿を露わにする前に、立ち込める砂煙。

 まず間違いなく今現在、戦闘が行われている証拠である。


 城の全貌が見えると、関羽はほほうと感心する。


 籠城などはしていない。

 城外では魔物と兵士が激しく干戈せんかを交えていた。

 兵力は、ややクリグーズド軍が上回っていた。

 

 兵の数で圧倒的に劣るのであれば、籠城もやむを得ない。

 それ以外なら、城外で迎えうったほうが兵法にかなっている。

 

 指揮官なのか、それとも領主なのか。

 どちらにせよ戦に秀でた者が、軍を率いていることに間違いない。


「俺はフェルスタジナ軍のアーディン! 微力ながら助太刀する!」


 魔物はすでに関羽たち騎馬隊に気付き始めている。

 アーディンがその注意をさらに向けようと、名乗りを上げた。


「おおっ! 其方があの『烈火のアーディン』であるかっ! 援軍かたじけない! 皆の者! 援軍が来たぞっ! 今が好機! 持てる力を振り絞るのだっ!」

「「はい! 閣下!」」


 どうやら後者のようである。


 領主自ら城外で剣を振るうとは。

 関羽は素直に感心した。


 クリグーズド兵は城を背に、魔物の侵攻を食い止めている。騎馬の地鳴りに後部の魔物が向きを変えるも、対応が三手は遅い。魔物の背はガラ空きも同然。


「おらあああああぁぁぁぁ!」


 アーディンの両刀が焔を吹く。

 魔物の後ろから焔殺爆裂剣キルファイア・ソードで焼却していく。


「おおおおおおおおぉぉぉ!」


 もちろん関羽も負けてはいない。

 水刀斬が広範囲の魔物を切り裂いていく。


 二人の突出した武力を前に、魔物は思考する前に絶命していく。

 クリグーズド兵ですら戦いの中で、二人の勇姿に見惚れてしまうほど。


 先陣を切る二人が突破口を作ると、率いる騎兵がするりと前に出て、傷口を広げ始めた。


 魔物の数は約四千であるが、挟撃の形を取られてはひとたまりもない。


 フェルスタジナ軍、イレメスタ軍の本陣が到着する前には、クリグーズド城に取りついた魔物はすべて息絶えていた。

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