三十七幕 契約
「なるほどな。公約を前にして共闘など、成し得ないと思っていた。これで納得がいった。ふはははは! ……してアローラ。其方はそうではないのであろう?」
「もちろんですわ、お兄様。約束を
「まあ、そうであろうな」
当然の回答を前に、サーヴァスは腕を組んで破顔する。
長男が国を受け継ぐ大前提が崩れ落ちたのだ。
シエル以外の兄妹は当然の如く、この機に乗じて我こそが次期の王にならんと、自領で画策して当たり前。遅く生まれたことを歯噛みしていた
「少しだけ、俺の話を聞いてくれるか?」
サーヴァスが真顔になり語り出した。
「俺もアローラ、其方と同じ考えだった。だがこのクリグーズド領を預かることになって、その考えが少し変わった。魔物に苦しめられてるのは、俺たち王族や貴族よりも、民衆だ。俺たちは蓄えもあり、堅固な城に籠ることもできよう。でも民は違う。城や町を出て交易をしたり、土を耕さないと生きていけない者が多くいる。それを救うのは、俺たちしかできないことだ」
「ではお兄様も、民を救うためならシエルと同様に、王位継承権を放棄するのですね?」
アローラが我が意を得たりと怪しく微笑む。
それを軽く受け流し、サーヴァスもまた笑う。
「いやいや、勘違いするなアローラよ。民のために早急に
これには流石のアローラも、開いた口が塞がらなかった。
民のこと第一に考えてはいるが、己の野心も捨てられない男の野太い哄笑が、鳴り響いた。
(分かりやすく、気持ちの良い男だ)
関羽はサーヴァスという男に好意を覚えた。
腹芸が得意じゃないのは一目見て分かる。
民のために、誰かのために行動する義の心も持ち合わせている。王になりたい根底は、富貴や支配欲を満たすためではなく、サーヴァスが思い描く民に優しい国を作りたいのだろうと関羽は推測した。
「で、俺は考えた。ならどうすれば良いかをな」
ひとしきり笑い尽くしたサーヴァスは、アローラに意識を戻した。
「一領の軍だけでは
「どんなルールですか?」
「何、簡単なことよ。魔王と名乗る痴れ者の首を上げた軍が勝者。分かりやすいだろう?」
口の端を持ち上げたサーヴァスだが、すぐに神妙な面持ちへと変化した。
「ただし、いくつか追加事項がある。一つ、戦略は皆の話し合いで決め、必ずそれに従うこと。従わない場合は王位継承の権利を失うこととする。一つ、他軍の兵を悪意を持って殺害した場合も、やはりその領は王位継承の権利を失うこととする。一つ、兵力に余裕がある場合であっても、出兵した兵力差に関係なく、魔王を追い詰める局面には同数の兵を出兵すること。……以上だ」
なるほど、これならば戦局の途中で裏切ることもできないし、兵を多く出したからと、軍の規模を強みとして優位に立つこともできない。
なかなか考え抜かれたルールであると、関羽は感心した。
「サーヴァス兄様! 私はそのルールに賛成です!」
「おおシエル! お前ならそういうと思っていたぞ!」
「……わかりました。お兄様のその案に賛同します」
アローラも苦虫を噛み潰したような顔で承諾する。
「……あ、待ってください、サーヴァス兄様。一つだけ、追加して欲しいルールがあります」
「ん? どんなルールだ、シエル。言ってみろ」
「もし私の軍が魔王の首を上げたら、王位の継承権は私が薦める人に委ねます。……それで構いませんか?」
「ふはははは! シエルがそれで納得するのであれば構わないぞ! ……よし、話は纏まった! 誰か、例の
使用人の一人が退出すると、しばらくして小箱を持って戻ってくる。
蓋を開け、サーヴァスが中身を取り出してテーブルに広げていく。
「この
サーヴァスが筆で取り決めた条約を書いていく。
書き終わると、
「ここに居合わせた者が証人となる。皆の者よ、ここに記されている文面は、今しがた話した内容で相違ないな?」
関羽を始め、三人の側近たちは条文を見て首肯する。
「では我ら三名の署名をここに記す」
サーヴァスが最初に署名をし、アローラ、シエルと順に署名をし終わると、三人の署名が金色に輝いた。
契約終了の証である。
それをサーヴァスが丁重に箱へ戻すと、厳重に保管するように使用人に言いつける。
「では早速行動に移そう。明朝に
「……お兄様はどれくらいの兵をお持ちで?」
アローラが、値踏みするような目で兄を見る。
彼女にとってサーヴァスが、王位を手中へ納めるのに一番の障害だとでも言いたげである。
「我がクリグーズドの全兵力は二万と五千。だがこの領地は魔物の侵攻が激しい故、守備に一万を配せねば、この城が危険に晒される。故に進軍に同行するのは一万五千だ」
クリグーズド城までの道中で、両軍合わせておよそ三千を減らしていた。
それでもアローラ率いるイレメスタ兵九千と、シエル率いるフェルスタジナ兵四千の、合わせて一万三千は健在である。
そこにクリグーズド兵の一万五千が加わるのだ。
まさかの三領による連合軍。
三万近い兵力は、きっとアルガート帝国に希望をもたらしてくれるだろう。
関羽を含むこの大広間に居合わせた誰しもが、少なくともこの時まではそう信じて疑わなかった。
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