三十八幕 降魔城

 明朝になり、総勢二万八千の連合軍は南に向けて進軍を開始した。


 主な陣形はこうである。

 地理に明るいクリグーズド軍五千と、フェルスタジナ兵二千、イレメスタ兵二千の九千が先鋒を務め、中軍には一万五千の兵士と共に三人の皇子たちがくつわを並べ、残り五千のクリグーズド兵が殿しんがりを引き受ける。


 フェルスタジナ軍だけを切り取ってみれば、関羽とアーディンが千騎ずつ率いて先鋒へと布陣し、クルスと呂蒙が中軍に留まりシエルを守る形になる。


 降魔城こうまじょうまでは二日の道程だ。

 ただし、すんなりと行けば、の話である。


 大方の予想通り、南下するにつれ魔物の小隊の数は増え、交戦は激しさを増していった。

 フェルスタジナ兵もイレメスタ兵も、ここまでの行軍で疲れの色が見え始めている。なのでまだ元気なクリグーズド軍が、正面からの衝突を買ってでた。


 魔物の群れに、戦術はおろか指揮官すらいない。

 あるのは異様なまでの殺気だけである。

 我先にへと怒濤の如く爆進してくる魔物たちは、恐怖を飲み込んでしまえさえすれば、これほど与し易い相手はいない。

 

 クリグーズド軍が一枚岩となって、魔物の突進にぶつかってその足を止める。

 そこにフェルスタジナ兵とイレメスタ兵が、左右から攻め立てるのだ。

 前方に気を取られた魔物の群れは、横っ腹を食い破られ、やがて殲滅する。

 

 たった今も魔物との交戦が終わり、連合軍は勝利を収めたばかりである。

 陣形を立て直し行軍を再開する為、関羽とアーディンは先鋒の陣へと戻る途中。


「俺らにとっちゃ、ずいぶんと楽な仕事だな、オイ」


 やや物足りないと、アーディンが言う。


「だがそれも、クリグーズド軍あってのこと。彼らが潰れ役を引き受けてくれるから、我らも存分に戦える」

「んなこと、もちろん分かってるさ。にしても、クリグーズド軍は真面目なヤツが多いなぁ。あの隊長といい、どーも堅苦しくていけねぇや」

「そう言うなアーディンよ。愚直な武人は信頼がおけるというものぞ」


 などと馬上で話しながら、先鋒のクリグーズド軍と合流する。

 一人の男が馬を二、三歩前に進め、出迎えた。


「いつも見事なご健闘に感服いたします。アーディン殿、カンウ殿」


 他の兵には見られない、鶏冠とさかのような兜飾りと、派手にならない程度の意匠が施された甲冑は、一目で指揮官だと分かる。


「いや、いつも死地を引き受けてもらいすまない、ディセル殿」


 関羽が馬上から一礼すると、ディセルと呼ばれた指揮官は、両手を広げ恐縮した。


「なんのなんの。気にしないでください。我らは戦いに参戦したばかりです。ここまで戦い続けてきた貴殿らに比べれば、まだまだ余力は充分です」


 謙虚さはあるが卑屈ではない。

 誇りもあるが過信はない。


 個の武に関しては、特段誇るものはないのかもしれない。

 だが関羽は、このディセルという男を信頼していた。

 ディセルが、関羽の心を読んだかのように言葉を続けた。


「……我がクリグーズド軍に、残念ながら貴殿たちのような豪傑はいません。ですが、陣形を組んだ集団の戦いなら、どの領にも負けないと思っています。ですので、お二人はその武勇を存分に奮ってください」


 大軍を束ねるには、関羽やアーディンといった武に特化した武人の存在は大きい。数多の人間を魅了し、牽引する。武の象徴に率いられた兵は、死をも恐れず戦いに身を投じられるのだ。

 だが、それは武に愛されたほんの一握りの人間だけである。

 凡夫でも実直に任務を遂行し、部下が全幅の信頼を寄せるリーダーもまた、軍には欠かせない存在である。


「かたじけない、ディセル殿」


 関羽の心から素直に出た言葉だった。


 ††††††††


 連合軍が南下を進撃して二日目になる。

 

 それまでは一刻(2時間)ごとに魔物と交戦をし、夜襲も受けていた状況に変化が生じ始めていた。


 先頭を走るディセルが怪訝な表情を浮かべるのも無理はない。


「……何かおかしくないですか、カンウ殿」

「ああ。俺もそう考えていた」


 並走する関羽も違和感に気づいていた。

 今まで間を置かず続いていた魔物の襲来が、二刻(約4時間)ほど止んでいる。


「ここいらの魔物を打ち尽くしたんじゃねーか?」

「だといいんですが、アーディン殿。……降魔城こうまじょうまではあと数刻の距離です。いよいよ魔物の本陣に迫っているというのに、急に攻撃がなくなることに、私は不気味さを感じます」

「同感だ。ここは慎重に行動をしたほうが良い。ディセル殿、軍の足を緩めてはどうだろうか」

「……はい。ではそのようにします。———後軍に伝令を! 軍の速度を緩める故、その旨伝えて参れ!」


 ディセルが伝令係に伝えると、騎馬が四騎、後方へ向かって走り出した。

 それを見届けたディセルはゆっくりと、速歩はやあしから常歩なみあしへ、馬の足を緩めていく。

 

 軍全体の速度が落ち、慎重に先へと進むこと二刻半(約5時間)。

 やはり一向に魔物の襲撃は止んだままである。

 

 陽も傾きかけた地平線に、突如小山が姿を現した。


「———あ、あれが、降魔城こうまじょうです!」


 ディセルが震える声で、そう告げる。

 

 決して大きくはない小山の標高は、500mくらいだろうか。

 その頂上を占有する形で、城が立っている。

 その形態は、今まで見てきた城と基本作りに大差はない。


 だが、その不気味さたるや。

 

 目に映るほどの負のオーラが城から発散され、天に向かって揺らめいているように見えるではないか。


「アーディン、ディセル殿。少し近づいてみよう」


 関羽が単騎駆け出すと、アーディンとディセルがそれに続く。


 視界に映る山は、次第に大きくなっていく。

 関羽は力ずくで手綱を引くと、馬を竿立ちにして足を止めた。



「おい! 急に止まるなんて、一体どうしたんだカンウ!」

「……あれを見てみろ、アーディン」


 アーディンは目を細めて遠眼を作る。

 そして顔色を失った。


「……お、おい。……何かの冗談だろ?」


 城を頂く山には、蠢く無数の影。

 かつて見たことのない程の魔物の軍勢が、山腹に列を成し待ち構えていた。

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