二十六幕 アレッカ城下街

 ややこじんまりとしているアレッカの城下街であるが、その賑わいはフェルスタジナ城下街と比べても、何ら遜色はない。


 むしろ熱気という点においてなら、アレッカ城下街が上回っているだろう。


 フェルスタジナ城では見たことがない建物の造形と、奇抜な配色。店頭に並べられた、斬新なデザインが施されたアクセサリーの数々。露店からは食欲を掻き立てる香辛料の刺激的な香りが漂っており、すれ違う人の衣服一つを取ってみても、実にあでやかなのだ。


 誤解がないように補足するが、決してフェルスタジナ城が地味で野暮なのではない。曲がりなりにも領名を冠する城である。

 領内の最先端を行く建築技法、教会や公園などの充実した公共施設、あきないを区分、管理する商会の数など、抜きん出た点をざっと数えてみても、片手で足りるものではない。


 に比べ、雑多な感が否めないアレッカの特化していることは、多様な芸能文化の融合である。それこそがアレッカの唯一無二。


 文化の発展は、分かりやすく人を惹きつける。

 それは関羽とて例外ではない。


「いや驚いた。これはなんとも陽気な街であるな」


 驚きをたいして隠さずに、周りを見渡しながら大通りをシエルと歩く。

 シエルもアレッカに滞在したことはあるが、それはあくまで『領主』として。

 城下街をこうして歩くのは初めてなのだ。

 で、あるから当然に、華やかな街に顔を上気させている少女がまさか『領主』だとは、道行く人は誰一人として気づいてはいない。

 

 十分にアレッカの雰囲気を堪能したシエルは、懐から一枚の紙を取り出した。

 アレッカ城下街の見どころや、おすすめ店舗が記載された観光マップである。


「えっと……ここに行くには……と……。分かった! さ、こっちこっちカンウさん!」


 関羽の手を引きクルスが駆け出す。

 小さな手が誘った先は、一本の路地。

 その路地の入り口には、何やら看板が掲げられている。


「こ……い……び……」

「あー! あー! いいからぁ! 読まないでいいからぁぁぁ! 早く中に入りましょう!」


 まだ流暢に文字が読めない関羽の背を、急かすようにシエルが押す。


 露店がひしめき合う狭い路地には、多くの人が溢れていた。

 店のほとんどが、ピンクや赤などの派手な色で装飾され、なまめかしいことこの上ない。

 この路地だけが、浮ついているようにも見える。先ほどまで歩いていたアレッカのメインとなる大通りとは、少々毛色が違うようだ。

 

(これは……なんともはや。どういった場所なのであろうか?)


 居心地のむず痒さを感じている関羽をよそに、シエルはトトトと子犬のように走り出した。

 そして店頭に並べられた軽食を一つ買い、軒先に並べられた席に向かうと、


「カンウさん! こっちこっち!」


 元気いっぱいに関羽を呼び寄せる。

 二人はハート型の小さなテーブルに向かい合い、腰を下ろした。


 形の整った目を弧にえがき、ずいぶんとご機嫌なシエルはいそいそと、手にしたそれを二つに分ける。

 その片方を関羽に差し出した。


「はいっ! カンウさんの分!」

「おお、これはかたじけない」

「じゃ、一緒にいただきましょう!」


 関羽は勧められるままに、まだ表面がほのかに温かい、その軽食を口に運ぶ。


 薄い皮はもちりとした弾力があり、薄く甘味が付けられている。皮が破れると、官能的な甘みが瞬時に口内に広がった。頬の内側が震えるほどの、圧倒的な糖力だ。中身には脳もとろけてしまいそうなクリームが、大量に包まれていた。


 クリームの悪魔的甘さと皮の食感が、なんとも言えない。

 しみじみ咀嚼していると、予期せず奇襲を受けた。


 伏兵の正体は、細かく刻まれた数種類の果実である。小さな粒たちは歯応えだけでは飽き足らず、味の領土を拡大し、甘味と酸味を口の中に広げていく。そうして混沌とした魅惑の世界へと、さらにいざなっていくのだ。


 これには流石にあらがえない。降参するほか手立てがない。


「驚いた……果物の甘さとは、まるで次元が違う。このような食べ物はフェルスタジナ城には売っていないな」

「へへ。これはね、アレッカ名物のクレープっていう食べ物なんだ。美味しいでしょう」


 シエルは口の周りをクリームで汚しながら、満面の笑みを関羽に向ける。

 

 だが、シエルが小さな口でパクついている半分に割ったクレープも、関羽にとっては二口ほど。

 体に見合った大食漢の関羽には、ちと物足りない。


「どれ。今度は俺がクレープをご馳走するとしよう」

「だ、ダメェーーーー!」

「な、何故なにゆえに!?」

「そ、それは……と、とにかくダメったらダメなの! ……そ、そう! これはアレッカでのしきたりなのっ!」


 言われて周りを見てみれば、確かに一つのクレープをシェアして食べている男女が多い。


 アレッカ名物カップルクレープ。

 一つのクレープを二人で分け合ったカップルは、永遠の愛が約束され、果てには見事結ばれるんだとか。


 当然、そんなことある訳がない。

 アレッカのデザート商会による宣伝戦略で、作り話であることは疑いようがない事実なのだが、ここに訪れるカップルに真偽などは関係ない。

 

 大切な人と甘美なひと時を味わえる。それが重要なのだから。

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