二十七幕 アレッカの人気店

 

 なまじ腹に何か入れると胃袋が刺激され、食欲に火がついてしまうものである。


 関羽とシエルは二人揃って観光マップを覗き込み、本格的に食事にありつける店を探し始めた。


「……このお店が一番のオススメだって! 観光客の口コミも、みんな大絶賛だし! どうカンウさん? このお店に決めようよ!」

「うむ。シエルがそこでよいのであれば、異論などない。まあ願わくば、腹が膨れるほどの量を提供してくれる店であれば良いのだが」

「ふふふ。カンウさん、たくさん食べるもんね。ぼ……私、トンカツをあんなに食べた人、初めてみたよ。今日は無理言って付き合ってもらってるから私が奢るね。お金のことは心配しないでいいからね」


 胸に拳を打ち付けるシエルの姿に、関羽の頬も優しく緩む。

 観光マップを頼りに、さてと二人は歩き出す。

 数あるアレッカの商会が協力して印刷し、配布されている観光マップは実に分かりやすく書かれており、二人はさほど迷うことなく目当ての店へと辿り着く。


 ———着いたのだが。


「……うぇぇえっ! こ、これは……!」

「……シエルよ。他の店に変えたほうが良いのではないか?」


 二人の視線の先にあるモノに、関羽も思わず心配してしまう。

 他の店に比べ一回り大きな建物の看板には、確かにマップと同じ店名が掲げられていた。

 目的の店に、間違いはない。

 だが問題は、その偉容である。


 清々すがすがしいほど贅を尽くした外装とその扉。

 高級感という言葉を形にしたら、きっとこんな店構えになるのであろうというお手本のような豪華な造形だ。惜しげもなく使われた金箔と銀の装飾がまばゆいばかりの光沢を乱射し、目が痛いほどである。


「……ふっ、うふふ、うふふふふふふふふふふぅ」

「ど、どうしたシエル!? 気でも触れたのであろうか!?」

「ちょっ! カンウさん! 私は正気よっ! ……やるじゃない、アレッカのオススメ料理店。まさかここまでの超高級料理店なんて、思わなかったわ」

「シエル、悪いことは言わん。潔く店を変えようではないか。外観からこの様子だと、出される料理もそれに見合った金額であろう。ここはひとつ無理をしないで」

「———いやっ! ここにするっ! ここじゃなきゃ絶対に絶対にヤダァ!」


 関羽の言葉を遮って、拳を握りしめたシエルがヤル気を声高に叫び出した。


 領主としてのプライドも、多少は手伝っているのだろう。

 だが何よりも、関羽の前で格好悪い姿は見せたくない。それが偽らざるシエルの本音。

 ここまでのデート(勿論シエルが一人で勝手に思っている)は、プラン通りに進んでいるのだ。今更になって変更などしたくない。

 関羽に残念な女だと、思われたくない。


 だがそれは、杞憂というもの。

 これしきの小さなことにこだわるほど、関羽の器は小さくない。


 ———そんなことくらい、分かっている。


 自分が心惹かれる男なのだ。

 武人としての強さだけじゃなく、心の広さも、優しさも、一番自分が知ってるとシエルは自負している。


 だってこのフェルスタジナ領で、初めて出会ったのは自分なのだから。

 事情も何も分からない状況なのに、ためらうことなく自分を助けてくれた人なのだから。


 ならばここは、女の見せ所だ。


「さあ! 入りましょう!」


 関羽の手を引き、シエルは扉をこじ開ける。

 その顔は戦場に赴く兵もかくや、である。

 

 そしてまた、店内の豪華さときたら外装をはるかに上回り、二人の想像以上であった。


 天井はどこまでも高く、はりにはたくみの職人が手掛けたであろう彫刻が施されている。壁には絵心が乏しい者でも、ため息をこぼしてしまうほどの、それこそ草の一本一本までもが精緻に表現されている風景画が飾られており、床に至っては顔が映り込むほどに磨き抜かれていた。


 その床を滑るようにして、店の入り口で呆然としている関羽とシエルの元へと、こ綺麗な服を着こなした店員が近づいてくる。


「大変恐縮ですが、お客様。入るお店をお間違えではないですか?」

 

 見渡す客のほぼ全員が、一目でそれと分かる上品な身なり。に、対して関羽もシエルも、簡素な服である。

 一見様いちげんさまお断りの店じゃなくても、誰何すいかされてしまうのも頷けてしまう。


 もしもこの素朴な服を着た花も恥じらう愛々しい少女が、フェルスタジナ領主と認知されていれば、店員もこのようなぞんざいな態度は取らなかっただろう。


 だが領主としてのシエルの顔は、アレッカの街では誰も知らない。

 もちろんアレッカ城主やその側近たちなら、シエルの顔を知っているのだが。


「当店の料理はどれも少々値段が高く、お二人には厳しいかと存じますが?」


 くすくすと、店内から笑い声が囁かれる。

 顔を赤くしながらシエルが憤慨した。


「な、何ようっ! お金なら、ちゃんと持ってるんだからっ!」

「では、どうぞ。ご自分の目でお確かめくださいませ」


 店員はシエルにそっとメニューを開き、差し出した。


「……!? ま、マジで? こんなに高いの……!?」


 実はシエル。

 領主としての対価、報酬などは一切貰っていないのである。

 いや、自ら報酬を辞退していると言ったほうが正しい表現だろう。


 無論フェルスタジナ城の住人はもとより、フェルスタジナ領内で暮らす人々には、もれなく税を課している。

 だがその徴収された金銭を、すべて領内の発展のために充てているのだ。

 特に兵役に就く者の給金は、他領に比べても割高に設定されていた。もちろんこれから迎える大戦に備えたことであり、有能な人材の流出を防ぐ政策でもある。


 なのでシエルの自由に使える金は、麦や家畜を育てて得た金銭だけであった。


 それでも今日の日のために、シエルはほぼ全財産を持参していた。

 だが、それを持ってしても冷や汗が流れ、顔が青ざめてしまうほどの驚愕のメニュー表なのである。


 涙目になりそうなシエルの前に、関羽がずいと立ち塞がった。

 圧倒的な存在の前に、やや腰が引ける店員と、それを見下ろす関羽。


 関羽が懐に手を入れた。

 その様に店員がびくりと反応する。

 周りの客から会話が消えた。食事の手を止め、関羽の一挙一動を見守っている。


 懐から、ゆっくりと手が抜かれた。

 

「これでは足りぬか?」


 関羽の指が、店内の照明をきらりと跳ね返す。

 眩いばかりの黄金色こがねいろの金貨が5枚、つままれていた。

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