二十五幕 呂蒙と関羽

 呂蒙が正式に戦術指南長補佐という肩書きを得ると、クルスの右腕としてその才能を、惜しげもなく披露した。


 周りも唖然とするほどに、である。


 クルスの側には伝令係を兼ねた『クルスの弟子』と称している兵が十人ほどいる。週に一度は軍議を開き、策を巡らせることの重要性、戦況を一転させることのできる戦略の必要性を議論してきたのだが。


 それが呂蒙を迎えてから、一変した。


 ともすれば遠慮がちに見える態度ではあるが、呂蒙の言はズバリと核心をついてくる。これまでの軍議とは実は名ばかりで、クルスの思考を年上の部下たちが吸収する勉強の場。それが今ではクルスと呂蒙、二人の戦術論の舌戦の会場へと変わっていた。


 慇懃無礼と紙一重のクルスに対し、物静かに笑みを絶やさず論破を試みる呂蒙。


 周りの部下も、二人のやりとりが楽しいから、誰も止めない。止めようがない。

 時折、クルスでも知らない戦術が、呂蒙の口から出てくるから、それがまた勉強になる。クルスも負けじと新しい戦術を生み出していく。


 その言が、その思考が刺激となって相乗効果で、互いを高めあっていた。



 さて一転して、練兵ではどうだろうか。

 

 呂蒙は男でもため息がでてしまうほどの眩い顔から咆哮を放ち、率いる兵を鼓舞しながら、自分の手足のように操ってみせる。


 無駄のない動作に、絶妙とも言えるタイミングで。

 クルスが頭の中に描いた兵の動線を、広い大地に寸分の互いなく再現する。


 部隊を率いる長としても申し分なし、である。

 

 これで形は成った。

 それも最高の形でだ。

 

 言わずもがなクルスは、フェルスタジナ兵の知恵袋とも言える存在である。

 そのクルスを失うことは、軍の頭脳を失うことと同じである。

 

 故にクルスは基本、最前線ではなく本陣に待機することが多い。

 そこから伝令に指令を出し、前線の兵を動かすのだが。

 

 やはりどうしても、タイムロスが生じてしまう。


 今までの相手は有象無象の魔物の群れ。加えて戦力差でも劣っていない。

 だが、これから討伐に向かう相手はアルガート帝国の精鋭を壊滅させた未知の敵。


 ほんの僅かな時間の浪費が、勝敗を決してしまうかもしれない相手なのだ。

 いや、かもしれないではない。

 そうだと断言するくらいの覚悟がなければ、到底勝てる相手ではない。


 呂蒙の存在の大きさは、クルスが一番に分かっていた。


 自分と同じ思考で戦場を見渡せる。


 それは軍という一つの集合体に、頭脳が二つ、あることと同じ意味を持つ。

 それも、涼しい顔をした勇猛な脳漿だ。


 これほど頼もしい味方がいるだろうか。


 降魔城こうまじょう攻略に向けて余念がないクルスにとって、呂蒙の存在は、まさに暁光。希望へと続く一筋の光に思えてならなかった。


 ††††††††


 話は変わって、フェルスタジナ領内にはその中枢を担うフェルスタジナ城の他に、城塞都市が三つある。

 アレッカという城は規模でこそフェルスタジナ城には及ばないものの、湾岸に程近く昔から他領との交流も盛んで、多種多様な文化が溶け込んでいた。

 距離にして、フェルスタジナ城から馬の脚で一刻(二時間)ほど。


「アレッカにはね、カンウさんが見たことがない食べ物や服がたくさん売っているんだよ。楽しみでしょう?」

「そ、そうであるな」


 馬に跨る関羽の背には、何故か相乗りしたシエルの姿。

 

 呂蒙がフェルスタジナ城内で頭角を表すと、いよいよ降魔城こうまじょう攻略に向けての準備が、熱を帯びてきた。


 魔物の来襲は、月に一度と周期が決まっている。


 で、あるならば、だ。


 次の魔物襲来を片付けたなら、のち一ヶ月の猶予が生まれる。

 出兵の好機は、まさにそこ。

 なるべく多くの兵を出兵させるのであれば、フェルスタジナ領内の守備兵は最低限にとどめる他、術がない。兵の上限は一朝一夕では増えないのだから。

 

 次の満月まであと二週間。時間は多く残されていない。

 今は、出兵の準備に時間を費やしたい。


 ……のだが。


 出兵には当然に、シエルの承認が必要となる。

 アーディンやクルスが満を持して上奏したのだ。降魔城こうまじょう攻略は、平和を愛してやまないシエルの宿願でもある。もちろん是非はない。


 だが出兵前にどうしても、関羽を一日貸して欲しいと、シエルが頭を下げた。


 領主として見れば、シエルは年齢以上の働きを見せている。

 政治的手腕においても、文官顔負け。不満をいなし、領内を実に見事に統治している。


 だが、いくら領主として才能を持ち合わせていようとも、中身は14歳の女子である。


 クルスあたりはおおよそ勘づいているようであるが、アーディンはそうもいかない。納得できない。

 

「テメェーカンウ! シエル様直々のご命令だから仕方ねえがなぁ……陽が落ちるまでに、ゼッテー城に帰ってこいよなぁ!」


 怒気を超え、殺気を匂わせる剣幕で、関羽とシエルを見送ったのだ。

 さながら一人娘を嫁に出す父親の如き、である。

 

 ———自分の主君に懸想など。


 関羽にしてみれば、あり得ない発想である。

 シエルがこの先成長を重ね、可憐な蕾から美しいの花弁へと変貌したところで、関羽の気持ちは変わることはないだろう。


 シエルには可哀想ではあるが、関羽はそういう男であるから仕方ない。


「ねえ、ちょっとこっちを見て。僕……いや、私、いつもと何か変わらない? ねぇ? ねぇ?」

「う、うーむ。わからんでござるなあ?」


 シエルは薄く紅を引いた口元を曲げ、白粉を塗った頬を膨らませた。


 ……もとい。


 関羽は色恋沙汰には、とことん鈍かった。

 

 軍神、戦神などと人々から畏怖される男の、意外なる弱点であった。

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