二十四幕 将軍論
盤面に、動きが生じ出した。
互いの陣地の境界線で、伏せ駒同士が衝突した。同時に駒を表に返す。
クルスの騎兵が、呂蒙の歩兵に打ち勝った。
騎兵は歩兵に強く、歩兵は弓兵に強く、弓兵は騎兵に強い。
三すくみの関係であるが、伏せ駒から表に返ると騎兵は二マス進めるようなり、弓兵は一マス越えた先の相手を攻撃できるようになる。
急速に、対峙する二人の空間が熱気を帯び始めた。
徐々に駒が表に返り、そして盤面から消えていく。
「リョモウさん。あなたたちの国でショウグンになるには、どのような能力が必要なのですか?」
クルスの騎兵が二マス進み、呂蒙の歩兵を奪った。
「……そうですね。将軍と一口に言っても、色々なタイプがいますから」
呂蒙の伏せ駒が表に返る。伏せられていたのは弓兵だ。クルスの騎兵を盤面から弾き出す。
「ショウグンは強さだけで決まるものではないのですね」
クルスは駒を呂蒙陣内へと進めていき、表に返した。駒の種類は魔法兵。遠隔攻撃が可能な駒である。
「もちろん個の強さも求められますが、それだけでは語れない部分もあります」
呂蒙は魔法兵への攻撃を止め、防御に回る。森のマスに伏せ駒を動かした。敵に攻撃されても表に返さなくても良い。それが自陣の森のマスの利点である。
「それは……どういうことでしょう?」
盤面に伸びたクルスの手が止まった。
「人を惹きつける力、とでも言いましょうか。この人のためなら命をも懸けられる……そう思わせてくれる人が、私は真の将軍だと思っています。……関羽殿がその将軍の筆頭とも言えるべき人でした。戦場でのあの方の姿は、実に美しかった……まさに私の理想とする将軍像なのです」
「それは僕も感じています。この城の兵士たちも、カンウ様を心から尊敬していますからね。……あ、もちろん僕もですよ」
二人の戦いを観戦している関羽が面映ゆい表情を浮かべると、隣のアーディンが「随分持ち上げられてるなぁ、おい」と、肘で突く。
「リョモウさん。あなたとは気が合いそうな予感がします」
「私もです。クルス殿」
「ですが、まずはこの
「承知しています。もとより私は負けるつもりなど、ありませんから」
クルスの
そして、その天使のような笑顔とは裏腹に、クルスは悪魔の如く激しい攻めに転じた。
騎兵が三、歩兵が二、弓兵が二、魔法兵が二、斥候が一の中隊が右側から呂蒙の陣を食い破っていく。
やや後手に回った呂蒙であるが、それでも何とか対応し、左に硬く布陣する。
しばらくは呂蒙陣営内で、駒の取り合いが進められた。
やがて呂蒙がクルスの隙を突き、初めて攻めに転じた。
手薄になった右から伏せ駒が四つ、クルスの陣に侵入する。
だが、クルスは動じない。
「……正直驚きました。初めての
『燕返し』とは、相手の主力を自陣に
その核となり、最も重要となるのが刺客の駒だ。
刺客の駒に機動力はないが、相手の攻撃に一度だけ耐えられる特性を持つ。その代償に自身の攻撃時には相打ちとなり敵の駒共々、盤面から消えてしまう。
機動力のある駒を引き連れて、刺客の一撃で勝負を決める。
それが『燕返し』。
だが悲しいかな、昔から使われている打ち筋である。クルスに慌てる道理はない。
クルスにとって悪くはない流れは、依然として変わらない。
しかしクルスは、意外な言葉を口にした。
「……少し、考えさせてください」
まだまだ有利に盤面を支配するクルスが、長考を宣言する。
おそらくは、これが
にしても『燕返し』を仕掛ける戦力がたったの四コマとは、数が少なすぎではないだろうか。
そこがどうしても引っかかる。
このまま守りながら攻めても負ける気はしないが、反撃の目は確実に潰しておきたい。
潰しさえすれば、勝利はほぼ確実となる。
それに呂蒙の考えも、覗いてみたい。クルスの本能が、そう告げていた。
「お待たせしました」
クルスは呂蒙の誘いに乗り、そして尚且つ確実に勝利を手繰り寄せる決断を選んだ。
すなわち攻撃の手を緩め、防御に回り呂蒙の特攻を、完膚なきまで駆逐する。
あとはゆっくりと、呂蒙の王を追い詰めればいいだけだ。
まずは呂蒙の伏せ駒に、クルスが攻撃を仕掛けた。
だが勝利は呂蒙の駒。一枚目の伏せ駒は騎兵であった。
呂蒙が駒を進めていく。
(やっぱり。そうきましたね……おそらく残り三枚は、騎兵二枚に、刺客でしょう。そして一番後ろの駒が、刺客のはず)
クルスは二番目に突出した伏せ駒に、機動力を活かして騎兵をぶつけた。騎兵同士の相殺を狙う作戦である。
(一駒ずつ確実に戦力を削いでいけばいいだけです。焦ることはありません)
だがここで、まさかの狂いが生じた。
攻撃が無効に終わってしまったのだ。
呂蒙の駒が表に返る。刺客の駒だった。
「そ、そんな……」
刺客は森のマス目にいる場合、接近攻撃を跳ね返す特性を持つ。
唯一の弱点は遠隔攻撃を行える、弓兵、魔法兵のみである。
でもまさか。
相手の陣地内に存在する森のマスを利用するとは思っていなかった。
これで呂蒙はまたしても、クルスの王駒へと近づいていく。
だが同様に、クルスの王の周りの森のマスにも刺客が配置されていた。
しかも伏せ駒なので、どの駒が王なのか呂蒙にはわからない。
呂蒙の攻め駒は、騎兵、刺客、そして伏せ駒が二つ。
しかも刺客の駒は、攻撃を一度跳ね返す権利を失っていない。
駒の数を減らせないまま呂蒙の侵入を許してしまったクルスに、この対局で初めて焦りの色が見え始めた。
(慌てなくていい……攻撃に転じれば、相手の陣に駒を多く進めている僕が勝つ。ここさえ凌げれば……)
動揺をおさえつつ、クルスは呂蒙の伏せ駒の一つを攻撃する。
しかも接近戦では最強の、刺客の駒で、だ。
クルスの取った選択は、決して間違ってはいなかった。
しかしクルスの攻撃は、無情にも伏せ駒に弾かれてしまった。
「な、なんで! 刺客の駒はそれぞれ一枚だけ! どうして攻撃が通じないんですか!」
呂蒙はゆっくりと伏せ駒を表に返す。
その駒は、盾兵だった。
「ま、まさかそんな……こんな打ち筋なんて……」
盾兵に攻撃力は皆無である。だが特定の駒が二マス以内にいる場合、どんな攻撃も一度だけ、跳ね返すことができる特性を持つ。
攻撃を跳ね返されたクルスの刺客の駒は、当然表に返り、その存在を
「刺客がそこにいるということは、クルス殿の王駒はきっとあの駒でしょう」
そして呂蒙が伏せ駒の一つを指差した。
クルスの頬に、一筋の汗が伝い落ちる。
王の周りには強い駒、特殊な駒を置きたいと思うのが、人の心理である。
それはクルスとて例外ではない。
呂蒙は相手に刺客を使わせることで、王の駒を所在を炙り出すことに成功したのだ。
しかもここまで三連続で、クルスの攻撃を無効化しており、陣深くまで攻め入っている。
「……こんな奇襲は初めて見ました。僕の完敗です」
勝負はまだ決していない。盤面に終止符は打たれていない。
だが、最後の伏せ駒が何か、クルスには予想がついていた。
いや、
盾兵が特殊効果を発揮する条件。
それは。
「先ほどの将軍論と同じです。率いるものが勇敢で信頼できるお方であれば、周りの兵は死をも
呂蒙の最後の伏せ駒が、クルスの伏せ駒に攻撃をする。
そして同時に両駒が、その存在を明らかにした。
呂蒙の王駒が、見事クルスの王駒を討ち取った瞬間であった。
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