二十三幕 盤面の勝負
アルガート帝国内では古くから庶民の間でも親しまれている
名を『
縦横数の揃った盤面を舞台にして、いくつかの駒を駆使しながら相手の「王」を取れば勝利となる。
将棋やチェスと基本的なルールは酷似している遊戯であるが、大きく異なる点がある。
それは最初から、すべての駒が伏せられているという『
相手の攻撃を受けるなど一定の条件を満たすと駒が表に返り、その種類が初めて明かされる。
駒の種類も代表的なものだけで歩兵、騎兵、弓兵、魔法兵、斥候、伏兵、刺客などなどと、とても種類が豊富なのが、この
そして力量に合わせて駒の種類を絞ったり、小さな盤面でも遊ぶことができるのが、老若男女、貴賤問わずして広く浸透している所以でもあった。
だが今回は、あのクルスが持ちかけた対局である。決して遊びなどではない。
フェルスタジナ城兵戦術指南長からの誘いなのだ。その意味は計り知れよう。
己の知力の総力を上げ、相手の知力を凌駕する、まさに真剣勝負。
関羽やアーディンが獲物を手に立ち合うのと、何ら変わりはない。
縦横ともに50マスもある木製の盤面を、兵が二人がかりで運んでくる。
当然ながら盤面が広いほど難易度も跳ね上がり、すべての種類の駒を使うことが許された
(……この盤面を使うのは、何年振りでしょうか……)
クルスは記憶を遡ってみたが、はっきりと思い出すことができなかった。
物心ついたときから玩具代わりに
次第にクルスの前から、対戦者がいなくなっていった。
時折新兵がクルスの噂を聞きつけて相手をするも、力の差は歴然としており、まるで勝負にならないのである。
今、目の前で対戦準備が進められている50マスの盤面も、一般的な20マスのそれでは物足りなくなり、クルスが考案し特別に作製してもらった特注品。しかし実際に使用されたのは、わずか数回だけ。
だから、クルスは期待する。
呂蒙が自分と対等に戦える相手であることに。
クルスは
その顔がやや紅潮しているのは、仕方のないことだと言えよう。
クルスにとってこの最難度の
「……と、以上で
「いえ、大丈夫です」
呂蒙は盤面から視線を離さずに答えた。
呂蒙はまだ、アルガート帝国の文字が読めない。
クルスに駒の文字の意味とその特性を教えてもらいながら一通りの説明が終わっても尚、呂蒙の視線は盤面へと釘付けになっている。
呂蒙にとっては初めての
そして二人は盤面の自陣内に、駒を伏せて並べていく。
クルスは依然、嬉々とした表情で。逆に呂蒙は慎重な面持ちである。
(例え遊戯といえども、負けられない。私にこの国での役割があるとするならば、このクルス殿に勝利してこそ、与えられるものだ)
呂蒙の表情が覚悟を決めた。
「さあ、準備はいいですか? 先攻はリョモウさんにお譲りします。さあどうぞ第一手を打ってください」
「いや、クルス殿。私は後攻を希望します。よろしいでしょうか?」
「え? ……それは構いませんが、本当にいいんですね?」
「ええ」
実際に必勝とまではいかないものの、先攻から息をつかさず攻めに特化した定石が、いくつか存在する。
先攻が有利なことは、
「ふーん。……まあ、いいでしょう。では僕が先攻で、開戦といきましょう」
クルスの表情から、初めて笑いが消失した。対する呂蒙は
対峙する表情が逆転する。
初手の前から、既に戦いは始まっているのだ。
まずは先手のクルス。
ここは定石通りに、正攻法で駒を進めていく。それに対して呂蒙も対応。
序盤は淡々と、ただただ相手の陣に向け、駒を進めるだけの形となった。
その展開に、駒の動かし方に、クルスが違和感を覚えた。
「……もしかしてリョモウさん。僕の打ち筋を真似ようと考えていますか?」
格上の相手の打ち筋をトレースすることで、防御に重きを置き隙を見出す戦略である。
「さて……どうでしょう。私は何せ
互いに腹を探り合う。
言葉の端から、表情から、相手の出方を伺うのも
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