十六幕 フェルスタジナ城主の労い
陽が登り切るのを待たずして、魔軍とフェルスタジナ守備軍との勝敗は決していた。
魔物のそのほとんどが掃討され、群れの後方にいた一割ほどが、状況が不利と見るや潰走した。前線の混戦から何体かがするりと抜け出して城に迫ったものの、後陣を守護する歩兵がこれをすべて絡め取っている。
対してフェルスタジナ守備軍の損害は、重傷者二名、軽傷者五名、戦死者は一人もいない。完膚なきまでの大勝利と言っても過言ではなかった。
城の周りから魔物の姿が消え去ると、フェルスタジナ守備軍は勝ち鬨を上げた。
「魔物の分際で、このフェルスタジナ城を落とそうなど
「左様! 我らフェルスタジナ兵に、敵はなし!」
「アーディン様、万歳!」
皆の血が沸き、たぎっていた。
実のところ、戦果の大部分は騎馬隊の手柄ではあるのだが、それはもちろん戦略上での経緯であって勝利は皆の
もし定石通りに前線に歩兵を展開し、騎馬隊を遊軍として布陣したのであれば、同じ目線で戦う歩兵の被害は避けて通れない。そういう意味においても、クルスが採用した一見無謀にも思えてしまう騎馬隊のみによる突貫攻撃は、最善の策だったと言えるだろう。
そして何よりも。
「カンウ様、万歳!」
「まさに鬼神の如き働きよのぅ!」
「あのような美しい武技は、今まで見たことがない!」
関羽は味方からの惜しげもない称賛を、一身に受けていた。
つい先日まで関羽が副隊長に任命されたことに不平不満を漏らしていた者たちも、常人離れした彼の活躍に血湧き肉躍っていた。
関羽は周りを見渡して、小さな笑みを溢す。
決して嘲笑などではない。己に対する満足感と達成感からの自然と込み上げた感情だった。
「ようカンウ。たいした武功じゃねーか。この一戦で兵たちの信頼を勝ち取ったな」
アーディンが馬を寄せてくる。
「何、皆の奮闘のおかげだ。俺が足を引っ張らなくてよかったと、ただそれだけだ」
「それにしてもカンウ。お前の武力は疑いようがなかったが、手綱さばきも並じゃねーなぁ」
乱戦の中、アーディンは関羽の抜きん出た才能を見逃してはいなかった。
馬と意思疎通ができるのかと見紛うほど。まさに人馬一体とは、このことを言うのであろう。
馬を御すには武技と違って才能よりも、経験のほうが大きな要因となってくる。もちろん幼少期から馬に慣れ親しんでいれば話は違ってくるが、アルガート帝国において幼少期に馬術を習うなど、金銭面において平民には高嶺の花。それこそ王族や特権階級、もしくはそれに近い有力者のみに許された嗜みなのである。
———やはり、このカンウは異世界人なのだ。
アーディンは胸に残ったしこりがぽろりと剥がれ落ち、関羽にまつわるすべてのことがすとんと腑に落ちた。
††††††††
城内が、異様な騒がしさに包まれていた。
堅牢な城門を潜り、主城へと続く目抜き通りには、人が溢れかえっている。
誰もの顔には笑顔、笑顔、また笑顔と。
アーディンを筆頭に続く騎馬隊、歩兵隊に惜しみのない喝采が贈られている。
刻はまだ明け方だ。いつもであるならまだ街は半分眠っている時刻。
にもかかわらず、実に多くの人が集まっていた。
歓声を響かせ押し寄せる民衆にアーディンは手を振って応えていた。クルスも。続く兵たちもまた。
修練場を通り過ぎ、さらに前進。大きな広場に突き当たる。
いつもなら人もまばらな広場なのに、見渡すは大勢の人の群れ。
そして、ここまでが城下町の最深部であった。
広場の奥の壁、遠く城が見える延長線上に、
つまりそれは、ここから先が眼前にそそり立つ城の一部ということだ。王族や貴族の住む
統治と日常の営みを隔てるその大門が、今、大きく開け放たれていた。その周りには陽光を照り返す華麗な鎧を纏った近衛兵たちが、これまた見事に列を成し、門を中心に整列している。
上官らしき一人の近衛兵が砂利を踏み潰し一歩前へ。次に凄味を効かせた音声で吠えた。
「フェルスタジナ城主のご到着であるぅ!」
民衆の騒めきが、かき消される。
アーディンもクルスも下馬をして、
広場は一転、水を打ったような静寂に支配された。
一対の足音が、甲冑の擦れ合う小さな音を伴い、兵たちへと向かっていく。金属音を奏でる主は関羽たちへと近づくと、やがて止まった。
時を置かず続いて。
「
やや幼い声が広場の隅々にまで行き渡ると、一拍置いて群衆が歓声を持ってそれに応えた。
———いや、まさか。
今は城主の奨励中。その最中に
だがどうしても、顔を上げずにはいられなかった。その衝動を抑えられなかった。
関羽はついに顔を上げる。近衛兵に守られた、幼き城主を視界に写した。
軽装備の甲冑は、女性特有の膨らみのすべてを隠してはいない。頭を飾るティアラが霞んでしまうほどの美麗なブロンドの髪が、風にゆらゆらと揺れている。透き通る白い肌に、翡翠の瞳。整った鼻筋とどこか愛嬌を含んだ唇が、対比しているところがさらに良い。
開花前の蕾にも似た可憐さは、絵画のように儚く美しかった。
城主は関羽の視線に気づくと年相応の笑顔を溢し、次に口の端が悪戯混じりに持ち上げる。
脇に
「我がフェルスタジナ城主、シエル・アルガート殿下のありがたいお言葉は以上である! 皆の者、これにて散開! 日々の営みに戻るがよい! ……尚、アーディン兵隊長とその側近は一刻(二時間)後に登城するように。シエル殿下がお呼びである」
門の奥へと消えていくシエルの小さな背中から視線を離せずに、関羽はただただ呆然と見続けることしかできなかった。
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