十五幕 関羽、初陣!
まるで墨汁を塗りたくったような夜の
フェルスタジナ城外には三百の騎馬を先頭に、一千の歩兵がその背後に整然と陣を組んでいた。アーディンと関羽は騎馬隊の更に前。隣には若馬に乗ったクルスの姿も見て取れる。
「久しぶりに城外に出たが、本当に魔物の群れがやってくるのであろうか、クルスよ」
「はい。毎月一度満月の日に。魔物たちが月明かりで活性化するのか、徒党を組んで人里を襲うのです」
その理由については今だ謎のままなのだが、この事象が起こり始めたのが二年前。魔王の使いが王城で征服までのリミットを告げた時期と一致する。
もとより一般市民は国の置かれている危機的状況を知る由もないのだが、中枢の
もともと魔物たちは同種族は別として、多種族と連携をとる習性など持ち合わせてはなく、行動を共にすることなどほとんどない。まして自分らの縄張りを離れて人を襲うなど、滅多にないことなのだ。
それがどういう訳か月に一度、魔物が足並みを揃えて人を襲う。何者かの意思が介入していることは疑いようもない。
「アーディン。この城の周りには小さな村が点在している。その者たちはどうしているのだ?」
「村の住民や遊牧民たちも満月の日には、近くの城に逃げ込んでくる。安心してくれ」
聞いて関羽は安堵する。
この世界で初めて出会い、身元も知れない自分に食事と寝床を与えてくれた、小さな友人。シエルの顔を思い出す。
無事に城へと逃げているならよし。
関羽の憂いは消え去った。
「さて、そろそろかねぇ」
「ええ……500m先に魔物の群れを感知しました。その数、およそ800」
クルスの『
「……んだよ。800なんて先月より少ねーじゃねーか。拍子抜けもいいところだぜ」
「ホントです。こんな数の兵を展開しちゃって、ちょっと恥ずかしいですね……」
アーディンは気の抜けた顔になり。クルスも余裕の表情を浮かべている。
「よし! 攻めは騎馬隊だけに絞るぞ! 歩兵は城を囲むように陣を変更! 混戦をすり抜けた魔物をすり潰せ! 絶対に城内に入れるなよ!」
これには流石の関羽も面を食らった。
800に対して300で? いくらなんでも増長しすぎではないだろうか。
「アーディン。貴殿の力は疑わないが、倍以上の相手だぞ」
「何、簡単な計算よ。ウチの騎兵は優秀だ。一騎で二体は倒すだろう。あとは俺とカンウで100ずつだ」
「大丈夫ですよカンウさん。相手は戦術も持ち合わせていない烏合の衆です。お二人が存分に働けば、必ず勝利します」
クルスも戦術指南長として太鼓判を押す。
ならばもう何も言うまい。この二人が勝利を確信しているのなら、この流れに身を任せよう。関羽は自分が高揚していることを思い知った。
やがて仄暗い地平線に舞い散った砂埃を、月明かりが照らし出す。
「騎馬隊に伝達です! 隊を二分し150ずつ分かれてください! 陣は
おお! と雄叫びが呼応し、一糸乱れぬ無駄のない動きで関羽とアーディンを先頭とした矢尻が二つ、出来上がる。
「なあカンウ。いっちょ勝負と洒落込もうじゃねーか。魔物を倒した数が多い方が勝ち。賭けるモノは明日の酒代だ」
「俺はまだ給金を貰っていないから、支給日までツケで良いか? もちろん負けはしないがな」
「はは! もちろんだ! ———いくぞぉぉ野郎どもっ!」
アーディンが
「よし! 我らも出るぞ! 出陣だ!」
一拍遅れて関羽の陣も動き出す。速度は
アーディンは剣を両手に持つ二刀流。燃ゆる体の
「おらああああぁぁぁぁぁ!」
馬上から両手を駆使して二閃、三閃、四閃、五閃と止まらない。
魔物の群れを深く深く
———我が初陣ぞ! 遅れをとってなるものか!
関羽は心を開放し魔力を溜める。溜めて魔力を共鳴させる。共鳴させて体の隅々へと巡らせる。
関羽の体が蒼く輝いた。それが手にした武具に集結していく。
この日の為に特注し、昨日ようやく完成に至った
魔物の群れにもう間もなく。
群れは実に多種多様な魔物がいた。大木が手足を生やした魔物であったり、目が八つもある狼に似た魔物であったり、人を模した泥の魔物であったりと。
初めて目の当たりにする魔物に関羽は動揺などしない。魔法を発動している最中は、軽い高揚感を覚えるのだ。もちろん魔法などなくとも関羽が震撼することなどないのだが。
「———ふんっ!」
ごう、と
前列にいた魔物六体が、綺麗に上下に分断される。
さらに逆から返す刀でもう一閃。今度は四体が両断された。
関羽の魔法の属性は水である。
アーディンの得意とする炎のように裂傷に加え熱傷を与えるというような、攻撃付加は残念ながら水属性にはない。水の魔法を熟練し、上位魔法となる氷を顕現できるようになれば話は別だが、関羽はまだその域に達してはいない。
ならば魔法を刃に宿すことは無駄なのでは。
それは違うとクルスが教えてくれた。
『水の属性を刃に宿すことで、刃こぼれもなくなり、切れ味は滑らかになります』
確かにと、関羽は合点した。
振るう太刀筋は流水の如く。連撃はまさに荒波の如く。その姿、水面を揺蕩う木の葉のよう。
———このような感覚は初めてだ。
関羽は己の水演に酔いしれていた。
一閃ごとに青い
振るえば振るうほど、
———魔法を融合した武技を、今以上に極めたい。
関羽の胸は子供のように踊っていた。
そして気がつくと、魔物の姿は眼前から消えており、関羽の背後には魔物のなれの果てが累々と横たわっていた。
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