二十幕 戦いの後で

 薄くかかった雲に負けずと粛々に、月が闇夜を仄かに照らし出していた。


 満月の今宵は、魔物の襲来の夜でもある。


 アーディン率いるフェルスタジナ城兵は、例外なく城外で魔物を迎え撃つ。

 前列に陣取るは歩兵一千。その両脇には関羽とアーディンの騎馬隊が挟み込むように陣を組んでいた。


 通常であれば兵の消耗を極力避け、騎馬隊が中心となって魔物の迎撃に向かうのだが、今回は来たる降魔城こうまじょう攻略を見据えた布陣となっており、歩兵たちの実戦練度を向上させる目的を主としている。


 しかしながら無駄に兵を減らすことなど、もとより愚の骨頂。


 故に歩兵隊に死傷者が出そうになれば、両脇で戦況をつぶさに見つめる関羽とアーディンが、躊躇なく騎馬隊を引き連れ割って入る段取りであった。


 フェルスタジナ城兵の練兵も実戦を経由し、いよいよ最終段階へと移行していた。この真意を知っているのは関羽とアーディン、そしてクルスの三人だけである。着々と準備が整っているようにも見えるのだが、三人の顔に晴れやかさはない。


 広い視野で戦場を見渡して即時軍を動かせる対応力と、抜きん出た才を持ち合わせた指揮官の不足に、日々頭を悩ませていたからである。


 だがこちらの都合で、魔物は待ってなどくれはしない。

 今できることに全力を尽くす。それ以外、手立てはないのだから。


「来ました! 魔物の群れ……およそ700!」


 魔法を得手とする50人で構成された魔法部隊が歩兵部隊の中枢に陣を貼っている。その中央で乗馬したクルスの『遠聞術ボディ・イアー』が魔物の群れを感知した。


「よーしお前ら! 準備はいいか? 敵が射程に入ったら、たらふく矢を撃ち込んでやれ! その後は列を乱さず魔物に突貫しろ! 乱戦になったら三人一組になって互いに背を預けながら戦うんだ! 危なくなったら俺とカンウが必ず駆け付ける! いいか! お前らは強い! 日々の訓練を思いだせ! 自信を持って剣を振るえ! そして容赦なく敵を討ち滅ぼせ!」


 アーディンのげきは歩兵たちを震わせた。一千の雄叫びが夜空に交錯する。


 程なくして魔物の群れが視界に入った。


 歩兵たちは一糸乱れぬ動きから弓を絞り引き放つ。夜空の満月を覆い隠すほど、無数の矢が夜空に放たれた。


 魔物の悲鳴を皮切りに、弓から剣に持ち替えた歩兵たちが突貫する。


 秩序のない魔物の群れに、練兵に練兵を重ね統率のとれた歩兵たちの勇猛を止める術など持ち合わせてはいなかった。

 

 飛礫つぶてと化した歩兵たちが、面白いように魔物を打ち倒していく。


 魔物の血飛沫が、断末魔が、舞い上がる砂煙と混ざり合う。だが魔物も素直にやられるだけではない。歩兵と魔物の境界線に、ぽつぽつと押し込まれる箇所が出現する。


 味方の壁が崩れかけるその前に、騎馬を率いた関羽とアーディンが急襲した。対峙する魔物を瞬殺し、負傷した兵を下がらせる。

 そして後方から新たな兵で前衛の穴を埋めていく。関羽やアーディンといった敵味方問わず息を呑んでしまうような華やかな武は見られないが、歩兵に一番大切なのは集団で密を成し、決して陣を崩さぬことだ。


 細心且つ堅実に、魔物の群れはその数を減らしていった。

 勝敗は一刻(二時間)ほどで決し、戦いの幕が下される。


 人と同様に魔物にも、生存本能がある。数十体の魔物が逃げ惑い背を見せると、歩兵たちは勝鬨かちどきを上げた。


「俺たち歩兵の強さを思い知ったか!」

「フェルスタジナ軍、万歳!」

「魔物の分際で我らの陣を抜ける訳なかろう! 身の程知らずが!」


 歩兵を中心としたフェルスタジナ城兵の大勝利である。

 

 負傷者は50人ほど出てしまったが、戦死者は誰一人もいない。まさに圧倒的な勝ち方だった。歩兵一千対魔物700の戦いなら、完勝と言い切っても過言ではない。


 その影の立役者として、クルスの存在が大きかった。


 猪突猛進しか能のない魔物の群れに対して、前衛がこれを受け止める。受け止めつつ、横に列を成した前衛の左右が、魔物の群れを包囲するように締め上げていく。その指示を歩兵の中核にいたクルスが的確に出していたのだ。


 しかるに戦が終わった今の陣形、歩兵の列は緩やかなVの字を描いている。


 そのV字の右先端から、歓喜と違ったどよめきが起こった。

 一人の歩兵がくつわを並べた関羽とアーディンの元へと駆けてくる。


「アーディン様、カンウ様! あちらに倒れている者を発見しました! おそらくは民間人かと思われます!」

まことか!」


 関羽はすぐさま馬の腹を蹴る。アーディンも連なり着いてくる。


「おっかしいな。近辺の住人は皆、城に逃げ込んでる筈なのに……」

「民間人に怪我人など、城を守護する軍の名折れ。アーディン、ここは俺が向かう故、すぐにクルスを!」

「お、確かにそうだなっ! 後は任せたぞカンウ!」

「心得た!」


 アーディンは馬を竿立ちさせて、急転換。再生魔法の使い手であるクルスを呼びに戻っていく。


 関羽はそのまま馬と走る。雲に隠れた薄月うすづきだが、確かに倒れた人の影。それを取り囲むように歩兵が数人。

 手綱を緩め速度を落とし下馬すると、関羽は早足でその輪に向かう。


 気まぐれの風が突然吹くと、雲が月から流された。


 唐突に差し込んだ月明かりが、人影を如実に浮かび上がらせる。うつ伏せた顔を照らし出す。

 関羽の足が、地面に根を張った。


「ま、まさか……! お主は…………!」

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