四十幕 決戦前夜
場所は変わって、ここはシエルの軍幕の中。
シエルと関羽、アーディン、呂蒙、クルスの五人が、輪になり座していた。
「まさか……策を出した
クルスが自嘲気味に頬を掻き、そう切り出した。
全軍が揺動を主に、山の中腹まで登り、その間隙を見計らって三千の騎兵が
クルスと呂蒙が練り出した奇襲の形となる一撃必殺の策に、サーヴァスもアローラも最終的には首を縦に振ったものの、その三千をフェルスタジナ軍から捻出することを条件に、軍議は散会となってしまった。
クルスと呂蒙はもちろん反対した。当然シエルもだ。
そもそも契約魔法で交わした条約があるはずだ。
条約曰く、
戦略は皆の話し合いで決め、従うこと。
他軍の兵を故意に殺害しないこと。
出兵した兵力差に関係なく、魔王を追い詰める局面には同数の兵を出兵すること。
この三つ目の条文に抵触するのではないかと思われたが、抜け道がある。
クルスと呂蒙が打ち立てた策は苦肉の策。そもそも魔王を追い詰める局面に達していないということだ。
だが流石と言うべきであろうか。
長兄サーヴァスは、もしこの策が見事にハマりフェルスタジナ軍のみで魔王の首級を上げた場合、文句を言わないと約束した。
当然の如く渋るアローラを説得して、了承の言質も引き出したのだ。
アローラに関して言えば、成功する確率が低い策に自兵を投入し、消耗するリスクを踏まえた算段もあったのだろう。
しかしサーヴァスは違った。
絶望的な兵力差の前で選択肢がそう多くない中、勝機の少ない策でもそれに望みを繋ぐなら、最善の手を尽くそうと考えての決定だった。決してフェルスタジナ軍のみ死地に晒したいなどと、卑劣な思考はどこにもない。
サーヴァスの言葉には大いなる信が滲み出ていた。
他領の戦術家であるクルスを、呂蒙の言葉を疑わず希望を寄せてくるのだから、二人も終いには折れてしまった。
に、しても三千の決死隊は、総勢四千のフェルスタジナ軍においてあまりにも多すぎる。シエルの護衛は削る訳にはいかない。残り千では揺動部隊に加わることもままならない。
「まあ、いーじゃねえか、分かりやすくてよ。他領と合わせて三千より、
「確かにアーディンの言う通り。この兵力差で事を成そうとするならば、三千は精鋭でなくてはならん。それにもし我らに武運なく奇襲が失敗に終わっても、サーヴァス殿下がシエルら残りのフェルスタジナ軍を、守ってくれよう。……誠、良い兄を持ったなシエルよ。うわはは!」
関羽が呵呵と笑い、皆の表情も和やかになる。
……もとい、一人笑ってない者がいる。
シエルだ。
「……どうしてこんなときに、そんなに笑えるの? もしかしたらみんな、無事には帰ってこれないかもしれないのよ!? なのにみんなは、まるで楽しそうに、一緒に狩りにでも行くように、呑気な顔をしているなんて。こんなのおかしいじゃない!」
「こんなとき、だからこそです、シエル殿下。私だって、関羽殿やアーディン殿ももちろん、死に対して恐怖はあります。でもそれを上回る気持ちが強いから、こうして笑っていられるのです」
「リョモウ……その気持ちって一体なんなの?」
理知的な光を宿した涼しげな目が、優しく弧を描いた。
「……それは『勇』。そう、勇気です。シエル殿下」
「ゆ、勇気……」
関羽がそっと言葉を繋げた。
「……シエルが皆にくれた勇気だ。フェルスタジナ城で皆に言ったであろう? 愛すべき者のために戦うと。何のために戦うかを示してくれれば、我ら武人は死の恐怖など些細なこと。自分の武を、振るう理由が大事なのだ。それをシエルが示してくれた。ならば迷うことなど何もない」
「そうそう。シエル様は気持ちを落ち着かせて、どうかそのままで。我らの心の拠り所がそのような顔をされていては、兵が動揺してしまいます」
「まさにアーディンの言う通り。それに案ずるなシエルよ。我らがそんな簡単に討ち取られるような弱者に見えるのか? だったらそれはちと、己の家臣を侮っていると言うものぞ」
シエルは落涙しそうな瞳を、ゴシゴシ擦った。
「も、もちろん信じてるわよっ! みんなの強さや優しさは!」
「なら結構。では我らの主らしく、肝を据えて見守っていて欲しい。我らの戦いっぷりを、その目にしかと焼き付けて欲しい」
「わ、わかったわ……」
シエルは静かに立ち上がり、ゆっくりと一人一人の顔を瞳に収めた。
「では領主として下知します。フェルスタジナ城を出立したときに言った言葉を忘れえないでください。……自分の命を無駄にしないで。そして必ず、生きて帰ってきてください」
誰ともなしに、全員が立ち上がっていた。
シエルが差し出した手に、関羽が、アーディンが、呂蒙が、クルスが、己の掌を重ねていく。
シエルの顔からは、不安の影は一切消えてなくなっていた。
そして長かった
———多大な犠牲を払いながら。
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