長い一日の終わりが近づく


「染谷君、お風呂沸いたよ」


 夕刻。

 先輩はいそいそと風呂場に行って掃除をしてから風呂を沸かしてくれた。

 手伝うと言ったが断られた俺は、先輩のことをリビングで待ちながらボーッと夕方のニュースを眺めていた。


 でも、何も頭に入ってはこなかった。

 ひどい妄想ばかりに頭を支配されて、風呂場からシャワーの音が聞こえるだけで体が熱くなっていた。


 この後、一緒にお風呂とか入るのかな、なんて。 

 今しがた付き合ったばかりなのにそんな飛躍したことを考えては首を振って邪念を消して。

 

 そんなことを繰り返していると、やがて先輩が戻ってきた。


「先輩、ありがとうございます」

「もう。また先輩になってる」

「あ……すみません、つい」

「ううん、ずっと先輩って呼んでくれてたもんね。でも、ちゃんと他人の前では気をつけてね」

「他人の前?」

「だって、そんなふうに呼ばれたら……私のことを彼女だと思われたくないのかなって、思っちゃうから」


 少し切なそうに、上目遣いで先輩にそう言われて俺の胸はキュッと締め付けられる。


 可愛すぎる。

 また、頭が真っ白になっていく。


「……可愛い」

「染谷君?」

「あ、いえ……ええと、お風呂、入ってきてもいいですか?」

「うん。その間に夕食の準備、しておくから」

「は、はい。では、お言葉に甘えて」


 ちょっぴりがっかりだったけど、付き合って間もない男と風呂に入ろうとする女の子であってほしくもない。


 こういうことはじっくり、時間を重ねてだ。

 今は一つずつ先輩の信用を獲得していこう。


「……ふう」


 風呂はとてもいい湯だ。

 天然な先輩のことだから、水風呂になってたりしないかと警戒したけどそうじゃなかった。


 なんか、風呂に入ってるだけなのにソワソワする。

 先輩が入れてくれた風呂。

 そして、まだ先輩はそこにいる。


 風呂あがりの俺を先輩が出迎えてくれる。

 それだけで胸が熱くなる。


「……早く出るか」


 このままだと、あれこれ妄想してそのままのぼせそうだったのでさっさと体を洗って風呂を出ることに。


 先輩は、俺のことをどんな気持ちで待ってるんだろう。

 早く出てこないかな、なんて思ってくれてるのだとしたら嬉しいけど。


 まあ、そこまで先輩もメンヘラじゃないだろうし。

 むしろ俺の方が早く会いたいまである。


 ……先輩、今日はいつ頃帰るつもりなんだろう?



「……入りたい」


 指を咥えながら脱衣所から風呂場の方をじっと見つめていると、磨りガラスの向こうで体を洗う彼の影が見える。


 一緒にお風呂に入りたいって、言えばよかった。

 でも、そんな淫らな女だと思われたくもないし。


 染谷君が誘ってくれるように、しないとね。


 染谷君ったら、長いなあ。

 もう、5分もお風呂入ってる。


 お風呂の中で何してるのかな?

 もしかして誰かにこっそり連絡したり……してないよね?

 

 うん、染谷君はそんなことしないもんね。

 私のことが大好きなんだもん。


 だから早く出てきて。


 あと、3分だけ待ってみるけど。

 それでも出てこなかったら私……。


「やっぱり、入っちゃおうかな」


 


 

 

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