夢のような

「……あれ?」


 先輩の笑顔に魅力されていた俺は、ふと意識を戻した時に気づいた。


 手が縛られている。

 紐で。

 荷造り用の紐で。

 まるで手錠をかけられたように。


「先輩? あの、これは」

「飼い猫。飼われたいんだよね?」

「へ? い、いや、あの、冗談ですよね?」

「冗談? 嫌なの?」

「え、ええと」


 いたって真面目と言わんばかりの先輩に俺は戸惑う。

 飼われたいとは確かに言ったけど、あれは会話の流れの中でのことであって、決して俺は飼い猫になりたいなんて性癖を持ち合わせてはいない。


 これは一体どういう状況だ?


「染谷君」

「は、はい」

「ダメ。猫はにゃあって鳴くの」

「……にゃあ」

「うん。部屋、戻ろっか」

「こ、このままですか?」

「猫は喋らない」

「……にゃあ」


 恥ずかしくて燃えそうだ。

 でも、先輩は俺が鳴く度ににっこりと笑う。

 つまり、先輩はこの状況を楽しんでいる。

 後輩をいじって楽しんでるのであれば、少々性格が悪いなと思ってしまうが多分先輩なりに気を利かせているのだろう。


 二人っきりだと会話も弾まないし、そんなギクシャクした場を和まそうとしてくれているに違いない。


 うん、そうに違いない。

 だったら……俺も空気を壊すような真似はしちゃいけない、か。


「染谷君、おすわり」

「……にゃあ」

「ふふっ、いい子。じゃあ、ゴロンってして」

「にゃあ」


 部屋に戻っても相変わらず飼い猫ごっこは続く。

 俺は、先輩を喜ばせようと、羞恥心を必死に抑えながら猫になりきる。


 ゴロンと言われて、ベッドに寝そべる。

 すると、俺の手を縛る紐をリードのように持つ先輩が紐を離した。


「にゃあ」


 と、鳴いたのは先輩の方。

 そして、俺の横に先輩が寝そべった。


「……え?」

「あ、まただ。にゃあ、だよ?」

「……」

「にゃあは?」

「……にゃ、にゃあ」

 

 言われて、鳴いてみたけどそれどころじゃない。

 先輩と、同じベッドで横になっている。

 しかも、先輩の綺麗な顔が目の前にある。

 すこし顔を前に出せばキスできそうなほど、近くに。


 俺の心臓が破けそうなほど脈うっている。

 

「染谷君」

「……にゃあ?」

「ふふっ、いい子。やっぱり、飼われる方がいいんだね」

「……」

「ねえ、染谷君」

「は、はい」

「もう。また忘れてる。にゃあ、でしょ?」

「……」

「染谷君」


 俺の名前を、嬉しそうに口角を上げながら囁くように呼んだあとで先輩は。


 チラリと上を見る。

 そして。


「電気、消して」


 そう、つぶやいた。

 そして、俺は頭の中が真っ白になりながらも、無意識のうちに枕元のリモコンに手が伸びていて。


 部屋の明かりを消した。


 

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