飼う


「は、はい?」


 先輩の言葉に耳を疑った。


 飼う?

 先輩を?

 どういうことだ?


「染谷君は、猫好き?」

「へ? ま、まあ」

「飼うのより飼われたい?」

「あ、あの、それはどういう」

「どっち?」


 先輩が俺の方へゆっくり近づいてくる。

 そして、大きな目を細くしながら俺をじっと見つめてくる。


「……」

「どっち?」

「お、俺は……」


 詰められて、俺は答えに迷った。

 一体なんの質問なのかもよくわからないし、だからこそどっちと聞かれてもどっちを選ぶのが正解なのか。

 

 何もわからない。

 でも、答えないわけにもいかない。


「……飼われたい、かも」


 そう答えたのは消去法。

 飼われたいなんて言えば変態っぽく思われるかもしれないから、飼いたいと答えようと思ったのだけど。


 今の質問は、先輩を飼いたいか先輩に飼われたいか、だ。

 先輩を飼うなんて、それこそ変態みたいだなと思った俺は、咄嗟にその逆を答えた。


 もちろん飼われたいわけではない。

 でも、先輩を飼いたいなんて、冗談でもそんな大胆なことは言えなかった。


 すると、


「飼われたいんだ」


 そう言って、先輩が笑った。

 今度は見間違えなんかじゃなく、目の前でニコッと。


「……先輩?」

「飼われたいんだ」

「あ、あの……どっちかといえば、ですよ?」

「飼われたいんだね」

「……」


 先輩はとても嬉しそうに笑っていた。

 見たことない笑顔に、俺は言葉が出てこない。


 綺麗で、そして可愛い……はずなのに。


 なぜか、背筋がゾッとした。

 どうしてこんなに嬉しそうなのかが、全くわからないから、なのかもしれないけど。


 とにかく、先輩の笑顔に固まってしまった俺に対して先輩は、目尻を下げながら頬を紅潮させて。


 言った。


「じゃあ、飼ってあげる」

「は?」

「嫌なの?」

「あ、あの……冗談、ですよね?」

「冗談? なんで?」

「いや、なんでってそれは……俺を飼うって、先輩が、ですか?」


 何を言ってるのかさっぱり意味がわからない。

 俺は今、先輩と何を話しているんだ?

 先輩もまた、俺に何を言いたいのだろうか。


 わからないまま会話が進む。

 そして俺が聞くと、先輩はまた、ニコッと笑ってから。


 さらに俺に近づいて。


 耳元で囁いた。


「私ね。飼い猫はね、部屋飼いが好きなの」


 


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