ちゃんと

 安眠のために最近導入した遮光カーテンのせいもあって、電気が消えると部屋は思った以上に薄暗くなった。


 まだ昼間だというのに、視界が霞むほどに暗く。

 そして、そんな暗闇でもはっきりとその表情がわかるくらいの距離に先輩がいる。


 俺の真横に。

 寝そべった先輩はまた、笑う。


「真っ暗だね。染谷君、ドキドキするね」


 そんな甘い台詞を吐かれて、俺は気が狂いそうなほどに興奮していた。


 こんな暗い部屋の中で、先輩と同じベッドに寝そべっているなんて。


 もう、何があったっておかしくない。

 いや、むしろこれは誘われている?


「……先輩、俺」

「ダメ。にゃあ、でしょ?」

「……にゃあ」

「うん、いい子。ねっ、飼われるのってどんな気分?」

「……それは」

「にゃあ?」

「……にゃあ」


 しかし先輩はまだ、飼い猫ごっこをやめようとしない。

 俺をからかっているだけ、なのか?


 しかし……


「ごくっ」


 暗闇で先輩が、すこし動いただけで触ってしまいそうな距離にいて、しかもお互いベッドの上となれば猫になりきるなんて無理だ。


 理性が保たない。

 このまま、触ったりしてもいいのだろうか?


「……」

「どうしたの染谷君?」

「い、いえ……」


 一瞬、邪なことを考えてしまったが自重した。


 万が一、先輩が俺を試していたとしたら。

 そんなことを思ってしまった。


 好きだからこそ、誠実に。

 決してえっちなことがしたいってだけじゃないってわかってほしい。


 だから、俺は先輩と付き合ってもいないのに手を出すなんてことは決してしない。


「……先輩、起きます」


 猫のフリは終わり。

 つまらない男だと思われるかもしれないけど、俺はやっぱり先輩に対して誠実でいたいから。


 起き上がると、先輩も起きた。


 そして、薄暗い視界でもわかるくらいにつまらなさそうな顔をしている。

 猫のフリをやめて、興醒めしてるのだろうか。


「あの、先輩?」

「染谷君は、ああいうこと嫌い?」

「ああいうこと……」


 それはつまり、猫ごっこのこと、だろうか。

 

 まあ、苦手だけど先輩となら嫌いじゃない。

 でも、やっぱりやりたいわけじゃない、かな。


「嫌いじゃありませんけど」

「けど?」

「……俺、先輩にはちゃんとしたいので」


 猫になって先輩によしよしされるのももちろん嬉しいけど。

 俺としては男として、対等に見てほしい。


 だからこういうのはやめにしたいと。

 はっきり言った。


「……ちゃんと、したいんだ」

「……はい」

「わかった。じゃあ、やめよ。私も、ちゃんとするから」


 先輩が部屋の明かりをつけた。


 綺麗な顔が、はっきりと視界に入ってきた。


 その顔は、さっきまでとは違っていて。


「ちょっと、飲み物とってきていい?」

「それなら俺が」

「ううん、いいの。私がいくから、そこにいて」

「は、はい」


 スタスタと部屋を出て行く先輩は。

 また、どことなく嬉しそうだった。



「……ちゃんとしたい、か」


 私なりに、勇気を出して彼を誘ったつもりだったけど。

 付き合ってもないのにそういうことはできないって、止められちゃった。


 でも、誠実なんだ。

 やっぱり、信じてもいいんだ。

 男の人なんてみんなえっちなことが好きなのかと勝手に思ってたけど、染谷君みたいな人もいるんだ。


 素敵。

 可愛い。

 ……好き。


「好き」


 勝手に彼の家をうろうろして、冷蔵庫を開けて麦茶のパックを取ってコップに注ぐ。


 それだけでドキドキする。

 結婚したみたいな気分。


 このお茶に何か薬を、なんて思ってたけどダメだね。

 ちゃんと、したいもんね。


「じゃあ、ちゃんと私も、自分の気持ちを伝えないと」


 好き。

 一緒にいたい。

 離れたくない。

 離したくない。

 ずっと部屋にいてほしい。

 飼い猫みたいに。

 学校なんか行かなくていい。

 お揃いの服を着て。

 同じ枕で寝て。

 手を繋いだまま一日中。


 うん、全部ちゃんと伝えないと。

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