約束


 先輩が部屋に戻ってくる時、何かぶつぶつと呟いていた。


 ちゃんと、ちゃんと。

 そんなことが聞こえた。

 俺がちゃんとしたいって話したから、先輩もそうしようと頑張ってくれてるのかもしれないけど。


 そんなに言い聞かせるようなことなのか?


「あの、飲み物は大丈夫でしたか?」

「うん。あの、染谷君」

「はい、なんですか?」

「ちゃんとしたいって、染谷君のお願いはちゃんとわかったよ」

「そ、そうですか? それはよかったです」

「うん。でね、私もちゃんと、しようかなって」

「……先輩はちゃんとしてますよ」

「染谷君と、ちゃんとするよ」

「え、ええと……なんの話ですか?」


 どうも話が見えてこない。

 一体先輩は何が言いたいのか。

 しかしその答えはすぐに。


「染谷君と、ちゃんと付き合いたいな」


 俺の耳に届く。

 

「……え」

「嫌なの?」

「は、はへ? 先輩、今なんて?」

「私と付き合うの、嫌なの?」

「……付き合うって、それって」

「彼女にしてくれないの?」

「彼女……彼女!?」


 彼女とはつまり……


「彼女は、嫌?」

「……これ、冗談じゃありませんよね?」

「こんな冗談、言うような人だと思われてるの?」

「い、いえそんな……ほ、ほんとに俺の彼女になってくれるんですか?」

「うん。ダメ?」

「……ダメなわけないじゃないですか。俺、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうです」


 さっきから呼吸が苦しい。

 心臓が突き破ってきそうなほど脈打って、体が燃えるように熱い。


「じゃあ、今から私、彼女でいい?」

「……本当に俺、先輩の彼氏でいいんですか?」

「うん。ちゃんとしないと、ね」

「……」

「染谷君、嬉しい?」

「は、はい! なんかもう、夢みたいです」


 嬉しすぎて頭が回らない。


 でも、聞き間違いでも夢でもない。

 俺は今、先輩と付き合ったんだ。


「せ、先輩」

「彼女だから先輩じゃないよ?」

「あ……ええと」

「凍花、だよ?」

「凍花、さん……」

「うん。よろしくね。これから、二人でいっぱい、二人だけの約束をしていこうね」

「はい……」


 頬を朱に染めて嬉しそうに笑う彼女をみていると、もう、何も考えられなかった。


 今日、俺は人生で最高に幸せな瞬間を迎えていた。


 初めて、彼女ができた。


 大好きな人に、想いが伝わった。



「よろしくね」


 これから、ずっと。

 もう、彼女だから。

 女の子とお話も禁止。

 女の子と目を合わすの禁止。

 もちろん女の子じゃなくても遊ぶの禁止。

 私以外と喋るの、禁止。


 約束、しないとね。


 彼女だから。

 堂々と言えるね。


 ふふっ、何から話していこうかな。


 今日はまだ、日が高いね。

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