決め事


「染谷君、あーん」

「あ、あーん」

「うん。いい子」

「……ごくっ」


 先輩が今しがた俺の彼女になった。

 そして状況は一変した。


 まず、コンビニへ一緒に行こうと言われて、手を繋いで買い物へ。

 そのあと、スイーツを買って帰宅してから今度はリビングで先輩にプリンを食べさせてもらっている。


 甘い。

 プリンのカラメルの味はむしろ苦味が強い気がしたけど、俺を取り巻く空気が甘い。


 先輩にあーんしてもらうなんて、本当にこれは現実なのかと何度も疑ったけど。


「染谷君。可愛いね」


 なんて甘く囁いてくる先輩の声は幻聴でもなんでもない。

 紛れもなくこれは現実だ。

 俺は今、夢や想像を超える世界にいる。


「……先輩こそ、可愛い」

「もう、先輩はダメ。凍花」

「と、凍花……」

「うん。ねっ、私以外の女の子には興味ない?」

「あ、あるわけないですよ。俺、先輩とずっとこうしてたい」

「ほんと? ずっと?」

「はい。なんかもう、幸せすぎて頭が働かないです」


 何ヶ月も待ち望んだ日々が、想像を遥かに上回る威力で俺に降り注いでくる。

 当然思考が追いつかない。

 でも、先輩の幸せそうな笑顔を見ていると。

 俺と付き合ったことを心底喜んでくれてるのは間違いない。


 もっと、先輩に今の気持ちを伝えたい。

 先輩とずっと一緒がいいって。


「俺、絶対に浮気なんかしませんから」

「うん。ねえ、染谷君の思う浮気ってどんなこと?」

「え? うーん、別の女の子と二人で出かけるとか?」

「それはもちろんダメ。それに、話してもダメ。目が合っても、ダメ」

「話しても……ま、まあ俺は女友達なんていませんし。それに、俺が先ぱ……凍花のことを好きだってことは全校生徒の周知の事実ですから」

「毎日、正門で告白してくれたから?」

「あんなことしてたらそりゃあ……でも、そのおかげでこうしていられるから、よかったです」

「うん。ねっ、じゃあ約束。浮気、しないでね」


 先輩が左手の小指をピンと立てて俺に迫る。

 俺も、自然と小指を立てて彼女の指に絡める。


「約束します。俺、絶対幸せにします」

「うん。じゃあ、明日から約束破ったらお仕置きだから」

「あはは、大丈夫ですよ。俺、先輩とこうしていられるなら世界中の人に嫌われてもいいです」


 そんな調子のいいことを言ってみた。

 でも、それは今の俺には本音でもある。

 先輩と付き合えるなら死んだっていいって、本気で思って頑張ってきた数ヶ月。

 それが報われたんだから、そう思うことなんて普通だ。


 

「約束破ったら、お仕置きだからね」


 先輩に、まっすぐ見つめられると俺は静かに頷いた。


 もう、このまま世界で二人っきりになったっていい。

 そんなことを考えていると、窓の外の西陽が少しずつ陰っていった。



 約束、した。

 約束、できた。

 ちゃんと、できた。


 ふふっ、染谷君ったらずっと顔が赤い。 

 照れてる、可愛い。


 でも、ほんとに約束守ってくれるかまだ不安もあるかな。

 今日は二人っきりだけど明日からはどうかな。


 学校って、誘惑が多いから。


 女の子とほんとに話さないか、毎時間確認するから。


 もし、約束を破ったら。


「お仕置き、だからね」



 

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