突入


「おい、あれ見ろよ!」


 休み時間。

 クラスメイトの一人がまるでお化けでも見たかのように驚きの声をあげた。

 その声につられて皆が顔をあげると、そこにはなんと。


「染谷君、来ちゃった」


 氷女乃先輩が立っていた。

 美しい姿そのままに。

 俺の彼女が、教室の入り口にいた。


「先輩?」


 皆と同様に俺も驚いていて、ふといつもの先輩呼びで呼んでしまったら先輩は、「もう、凍花だよ」と少し不機嫌そうに顔を顰めて俺の方へ歩いてくる。


 その光景に誰もが凍りついていた。

 俺に近づくにつれ、段々と表情が緩んでいき、頬が赤くなっていく彼女の姿に皆、目を丸くしていて。


「ねえ、そこどいて」


 先輩は俺の隣の席に座る男子に向かってそう言った。


「え、俺ですか?」

「うん。早くどいて」

「は、はい」


 先輩のあまりに美しい姿を間近で見たその男は目をハートにしながら席を立った。

 そして離れながら「先輩が俺の席に座るのかよ、マジかよ」とはしゃぐ。


 が、しかし。


「染谷君、ここ座って」


 隣の席になぜか俺が座らされる。

 そして空席になった俺の席に先輩が座ると、「あったかい」とつぶやいて頬を赤らめる。


「ねえ、約束守ってくれてる?」


 そう言って俺の方を見る先輩は、なぜか目が潤んでいた。


「え、ええ。俺、ちゃんとしてますよ」

「うん、ならいいの。それより、体調悪くない?」

「体調ですか? 特に何も」

「悪くない? 顔色、よくないよ?」

「え? いえ、別に俺は」

「悪いよね? ダメだよ無理したら」

「あ、あの……俺ってそんなに顔色悪いですか?」

「うん。だから保健室行ったほうがいいよ?」


 先輩の目は真剣だった。

 だから、どこも悪くないはずなのに心なしか体が怠く感じてきてしまう。

 どこも悪くないはずなのに。


「……わかりました。保健室、行ってみます」


 そっと席を立つ。

 すると、先輩もつられるように立ち上がり、教室だというのに躊躇なく俺の手を握ってきた。


 その瞬間、教室の空気がざわついたのを感じたが、そんなことなどお構いなく「早く行こ」と言って先輩は俺の手を引いて教室から俺を連れ出した。


 廊下に出て行く俺たちは好奇の目に晒されていた。

 でも、先輩はぐいぐい俺の手を引いて保健室へ俺を連れていく。


「あ、あの」

「人前でこういうことされたら、イヤ?」

「い、いえ。むしろ先輩こそ大丈夫かなって」

「平気。早くこうしたかったから」

「先輩……?」


 どことなく嬉しそうな先輩の目尻は下がりきっていた。

 そんな先輩を見て、俺はそれでもやっぱり可愛いなって思う気持ちがまず先にくる。


 なんだか違和感に包まれながらも、先輩と人前で手を繋ぐ優越感に包まれて。

 

 俺は保健室へと連れていかれた。

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