開始


 保健室のベッドに彼を横たわらせる。

 私がお願いすると彼は素直にそうしてくれた。

 可愛い。


「あの、俺はやっぱり体調悪くなんかないと思うんですけど」

「ううん、顔色よくない。早く眠って。担任の先生には保健室の先生から伝えてもらうように言っておくから」


 彼は真面目だからすぐに授業に戻ろうとする。

 でも、そんな彼が私には不真面目に見える。

 私以外の女のいる場所に早く戻りたいなんて、そんなことは許されない。


 できれば彼の方から仮病を使ってでも私のところにくるような、そんな人になってほしい。


 ……ううん、ダメだ。

 そんなことで染谷君をダメにしちゃ、いけない。


 彼は真面目だから。

 それが彼の良さだとわかってるはずなのに。

 なのに私は……。


「ねえ、眠たくなってきた?」

「え、ええ。昨日もあんまり眠れませんでしたから、横になると眠気が……」

「……うん、目を瞑って」


 うとうとしながら、意識を飛ばそうとする彼を見ると心が安らぐ。

 息が苦しくなくなる。

 胸が躍る。

 血が騒ぐ。

 体中の疲れが吹き飛ぶ。

 チクチクとする心が軽くなる。


 悪いことだ。

 悪い子だ。

 悪いんだ。

 でも、これが私。


「……染谷君?」

「すう、すう……」


 寝ちゃった。

 やっぱり、疲れてたんだね。


 ごめんね、顔色が悪いなんて当てずっぽうで言ったけど、なんだか疲れてるように見えたのは本当なの。


 無理してるんじゃないかなって。

 だから休んでほしかったのも、もちろん本心なんだよ。

 

 決して、あなたと二人になりたいだけで保健室に連れてきたわけじゃない。


 ない。

 ないんだけど。


「……あは」


 あはっ。

 あははっ。


 可愛い。

 可愛い彼の寝顔を独占できる今が最高に幸せ。


 このままずっとこうして……ううん、それだとつまらないね。

 おしゃべりもしたいから、早く起きてほしいけど、どこかに行ってほしくないからずっと眠っててほしくて。


 もう、わからなくなる。

 彼をどうしたいか。

 彼とどうなりたいか。

 

 ねえ、染谷君。

 寝てるよね?

 寝てる間にしたことも、ちゃんと君の経験として刻まれていくんだよね?

 私が知ってるから。

 私が覚えてるから。

 私が、みてるから。


「染谷君、いただきます」


 キス。

 初めてのキス。


 とても、気持ちいい。

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