ランチ

「先輩、そろそろお昼ですよ?」

  

 コーヒーをちびちび飲みながら沈黙を貫く先輩に、俺はあれこれと必死で話題を探して話しているうちに昼前になった。

 母さんは出かけたっきり帰ってこない。

 そして代わりに「頑張れ」とラインが来ていた。

 気を利かせたつもりなのだろう。


「うん。お昼、どうするの?」

「母さんも帰ってきませんし、いつもならコンビニとかで買ってくるんですけど」

「コンビニ……どこの?」

「どこってほどでもないですよ。家を出てまっすぐ行って最初の角にあるところです」

「知り合いがいるの?」

「いえ、いませんけど?」

「ほんと?」

「え、ええ。うちの学校、バイトとかって許可が面倒ですししてる人少ないみたいだし」

「そ。なら、コンビニにいこっか」

「……はあ」


 何でコンビニに俺の知り合いがいるのか詮索してくるのだろうかと考えたが、結局俺といるところを知り合いに見られたくないとか、そんな理由なんじゃないかってマイナス思考が勝ってしまって、少しテンションが下がった。


 とはいえ、また一緒にお出かけだ。

 昨日に続いて。

 ワクワクするなあ。


「行ってきます」


 家を出る時、鍵を閉めながらふと呟いた。

 誰もいないのに行ってきますと言うのも変な話だけど、母さんに昔から「行ってきますとただいまとおかえりはちゃんと言いなさい」なんて言われ続けて、癖がついている。


 ただ、当然先輩から「誰に言ったの?」と聞かれる。


「あ、いえ別に。これ、口癖みたいなものなんですよ」

「……口癖?」

「ええ、まあ。変ですか?」

「……出かけるの、やめる」

「へ?」

「家、もどろ? お昼はやっぱり私が作るから」

「ち、ちょっと待ってくださいよ先輩、どうしたんですか?」

「どうしても出かけたいの? ねえ、どうなの?」

「どうしてもってことはない、ですけど」

「じゃあ、家にもどろ? ほら、早く」


 鍵を持った手をぐいっと引っ張られて、俺はさっき施錠した玄関をふたたび解錠する。


 そして、先輩は鍵が開くとスタスタと家の中に。

 何が何やらと立ち尽くしていると、俺の方を向いて、「キッチン、早く来て」と。


 その表情は、またいつぞやのように怒っているように見えた。

 俺は、その顔が怖くて何も言えないまま静かに先輩についていった。



 いるんだ。

 やっぱり、私に隠れて遊びの女をここに連れ込んでるんだ。


 で、私を外に連れ出した隙に逃そうって。

 悪い人。

 でも、そうはさせないから。


 キッチンからは玄関に続く廊下がよく見えるし、足音も聞こえる。


 見つけたら……そうだ、料理する時にはちょうど、使うものがあるよね。


 構えておかないと。


 悪い虫を見つけたら、取り除かないとね。


 で、そのあとで染谷君にも。


 たっぷりとお仕置きしないと、ね。


 

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