学校へ


「おはよう、染谷君」

「……おはようございます、先輩」


 目が覚めたのに、まだ夢の中にいる気分だった。

 なぜなら、目を開けた時に先輩のご尊顔が目の前にあったから。

 でも、夢じゃない。


「ぐっすりだったね。朝ごはん、食べる?」

「あ、そうですね。ええと、でも今は母さんがいるかも」

「さっきご挨拶しておいたから大丈夫。ついでにご飯も、作っておいたよ」

「そ、そうですか」


 母さんに挨拶って、それはそれでまずい気もするんだけどその辺は先輩も上手く説明してくれてるってことでいいのかな?


「さっ、下にいこ?」

「は、はい。ええと、母さんは何か言ってました?」

「なにか? ううん、よろしくねって言われただけ」

「そう、ですか」


 一階のリビングに向かう時に家族に出くわさないかビクビクしていたが、両親ともすでに出かけた後だった。

 少しホッと胸を撫で下ろしながら先輩とリビングへ行くと、まず先輩がソファに座る。

 そして、


「こっちおいで」


 手招きされるまま、俺は先輩の隣へ。


「あの、朝ごはん食べないと学校の時間になりますよ?」

「もう作ってるから。それより、一緒に登校したら学校のみんなはどう思うかな?」

「んー、流石に何か噂はされるかなって。嫌ですか?」

「ううん、全然。じゃあ、ご飯食べよっか」


 そのまま二人でキッチンへ。

 すると、テーブルにはちゃんとした目玉焼きが二つ、並んでいた。


「これ……先輩が作ったの?」

「うん。うまくできてる?」

「美味しそうですよ。ありがとうございます」


 正直、先輩が料理が苦手ということは昨日一日で嫌というほど思い知ったので朝ごはんも少し不安だったけど、あまりに普通な食事を前に俺は興奮していた。


「うん、うまい」


 料理は目で楽しむなんて格言をどこかで聞いたことがあったけど、見た目のいい料理はやはり味も裏切らない。

 ありがたくそれをいただく間、先輩は嬉しそうに俺の隣で笑っていた。


 幸せだ。

 こんなに幸せな朝食は人生で初めてだ。

 普段は朝飯を食うのも億劫だったけど、こんなに楽しいのなら早起きするのも悪くない。


「いってきます」


 幸せな気分のまま、朝食を終えて先輩と一緒に家を出た。

 その時、いつもの癖で行ってきますと呟くと先輩は少し不可解な顔をした。


「あ、すみませんつい」

「誰に言ったの?」

「いえ、誰でも。家を出る時に挨拶するのが習慣づいてただけですよ」

「……うん」


 ちょっとだけ眉間に皺を寄せる先輩を見ると、俺も不安になる。

 誰もいない家を出る時に独り言を呟くような男は気持ち悪いのだろうか。


「すみません、俺、先輩に釣り合う男になれるよう頑張りますから」


 静かに学校へ向かう途中、沈黙に耐えきれずそんなことを話すと先輩は不思議そうに首を傾げる。


「?」

「いや、ええと、変なこと言ってすみません」

「ううん、そうじゃなくて。私に釣り合うって、私が思うようなことをしてくれるってこと?」

「ま、まあそれもありますけど」

「だったら昨日の約束守って。女の子と話すの禁止。ねっ?」

「は、はい。もう誰とも喋りませんから」

「うん」


 ようやく、先輩の強ばった表情が緩んだ。

 そこでようやくホッとした。


 俺はやっぱり先輩の笑った顔が好きだ。

 でも、こんな和やかな雰囲気で一緒に学校に着いて、本当に大丈夫なのだろうか?


 騒ぎにならなければいいけど……。



 もうすぐ学校だね。

 ふふっ、みんなに早く私たちのこと、見てもらいたい。


 でも……変な女が染谷君のことを見るのはヤダな。

 ジロジロ見てきたりしたらそれこそ私……。


 そいつのこと、どうにかしないといけなくなっちゃう。

 


 

 

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