ダメ、絶対


 俺と先輩が一緒に登校する光景を見て、誰もが目を丸くしていた。

 優越感はあったが、それ以上に緊張がすごくて俺の手汗はびっしょりだった。

 

 にも関わらず、先輩はずっと俺の手を握って離さなかった。

 そして、校舎に入ると先輩は名残惜しそうに言った。


「教室、別々だね」


 寂しそうにする先輩を見ると、俺は胸が苦しかった。

 あんなに追いかけてきた先輩が今、俺と離れることを寂しがっているなんて。

 

 なんとも贅沢な話だけど、俺はどうすることもできず先輩の手を離した。


 すると、


「他の女の子とお話、したらダメだよ」


 そう告げて、先輩はゆっくりと階段を昇っていった。



「おい染谷、ついにやったな」


 教室に着くとすぐ、大して話したこともないクラスメイトの一人が俺にそう言った。


 そして、それに続くように他の連中も俺のところに群がってくる。

 男子はもちろん、女子まで。


 俺はその様子を見て、黙って席についた。


「……」


 色々言いたいことはあった。

 ついにやったぞ、と雄叫びをあげたかったし、昨日は一緒に寝たんだと自慢したかったし、先輩の手料理を堪能していることも言いふらしたかったけど。


 でも、ここで話してはいけないと、思いとどまった。


 なぜか。

 それは、女子がいるからだ。


 別れ際に先輩に言われた言葉がふと、脳裏をよぎる。


 女子と話をするな。

 昨日もそんな約束をさせられた。 

 そしてさっきも念を押すようにそう言われた。


 だからきっと、先輩は俺が他の女の子と話すのが心底嫌なのだろう。

 いや、もしかしたら俺の本気度を試しているのかもしれない。

 そう思うと余計に何も喋れない。

 

「おいおい、照れるなよ」

「染谷、付き合ったかどうかくらい言えよな」


 なんて茶化されても俺は下を向いて目を合わさないようにしながら愛想笑い。

 まあ、察してくれといった態度を見てみんな、なんとなく俺と先輩が付き合ったことだけは理解してくれたようでその場はおさまった。


 しかしこんな調子で斜に構えてばかりだと、調子に乗るなと怒られそうだ。


 何かいい方法はないか。

 なんて考えていると、朝のホームルームの時間になり、担任の先生が教室にやってきた。



「……素敵」


 私との約束、ちゃんと守ってくれてた。

 こっそり見に来てごめんね、信じてないみたいで失礼だったね。


 でも、染谷君のことを見ておきたかったのもあるの。

 授業の間は会えないし。

 

 それにしても、染谷君ってやっぱり魅力的なんだ。

 あんなにみんなに囲まれて。

 女子もたくさんいた。


 女子がたくさんいた。

 たくさん、いた。


「……」


 イライラする。

 私を差し置いて染谷君に近づくな。

 私より近くに行くな。

 ダメ、絶対。

 隣の席の女とか、今すぐ死んでほしい。


「……あ」


 チャイムが鳴った。

 もう、ホームルームの時間だ。

 教室に戻らなきゃ。


 でも。

 授業中ずっと会えないのはやっぱり辛い。

 我慢しなきゃいけないのに、耐えられない。


 ……ううん、ダメ。

 信じて、待たないと。

 染谷君は絶対約束守ってくれる人だから。


 ねっ、信じてるから。

 教室、戻るね。

 でも、もし約束守ってくれなかったら私……。


「染谷君をもう、学校に行かせられなくなっちゃうから」

 


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