準備


「……真っ暗、ですね」

「うん。真っ暗だね」

「は、はい」


 部屋の明かりを消して先輩と同じ布団の中に。

 

「……先輩、もう、寝ます?」

「染谷君は、眠たい?」

「え、ええまあ。でも……」


 互いに天井を見上げながら、布団の中で手を握っている状態。

 このまま横を向けば先輩を抱きしめることも余裕でできる。


 しかし、その度胸がない。

 というか、そうしてから先、どうしたらいいのかがわからない。


 まさか先輩とこんなに早く付き合えるとは思ってなかった、というより本当に付き合えるかどうかも怪しいとすら思っていたわけだから。

 そうなったあと、どうすればいいかを全く考えてこなかった。


 もっと動画とか見て色んな知識を入れておけばよかったと激しく後悔している。


「……」

「染谷君、寝た?」

「え、いえ、まだですよ」

「寝ていいよ? 今日は疲れてると思うから」

「そ、そうですか? ええと、でも、俺」

「無理しなくていいよ。私、こうしてるととても幸せだから」

「先輩……」

「先輩は、ダメ。今はちゃんと名前で呼んでくれる?」

「は、はい。じゃあ……おやすみ、凍花」

「うん、おやすみ」


 その時、先輩が俺の手を少し強く握った。

 その強さに胸とドキドキが増したけど、だけど俺はそっと目を閉じた。


 こんな状況で早く寝ろって言われるってことは、まだ先輩は今以上の関係を望んではいないということなのだろうから。


 それに、ずっと緊張しっぱなしだったせいか、疲れた。


 こういう状況で何もしないのを、据え膳食わぬは云々なんて言う人もいるのかもしれないけど。


 俺はもう、先輩の彼氏なんだ。

 焦る理由なんかどこにもない。

 こんな週末を何度か重ねているうちにきっと……。



「……寝ちゃった?」


 静かになったところで横を見ると、染谷君がスウスウと寝息を立てていた。


 疲れてたんだ。

 このまま、最後までしたいって思ったりもしたけど、初めてはお互い万全で迎えたいし、それにはしたないって思われたくないから。


 ……寝た、よね?


「失礼するね」


 彼のスマホ。

 今朝、ロックは外してるとこを見たからわかる。

 彼の誕生日。

 ほら、開いた。


「明日からちゃんと、染谷君が約束守れるように私、準備しておいてあげないとね。彼女だもん」


 電話帳。

 私の連絡先、ちゃんと入れておくから。

 でも、その前に。


「全部、削除。ねっ、いらないよね」



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