氷の女王と呼ばれる高嶺の花に毎朝告白を続けたら、病んだ
天江龍
プロローグ 好きな人
「先輩! 俺、先輩のことが好きです!」
「知ってる。で?」
「うっ……あ、明日もここで待ってますから」
「そ。まあ、また明日」
「ぐう……」
高校一年生の六月初旬。
俺は通算五十回目の告白を見事失敗した。
場所は正門前、時刻はちょうど皆が登校し始める八時過ぎ。
俺がフラれる様子は、もはやこの学校の風物詩的なものになりつつあると誰かが言っていた。
そう、俺はここで毎日同じ相手に告白をし続けている。
相手は一つ上の先輩。
その人の名は
俺の一目惚れだった。
寒色系の目立つ髪の毛を長く伸ばした美人。
キリッと切長で大きな目は、目が合うだけで吸い込まれそうな輝きを放っていて、俺より少し背は低いけど、足は俺の倍くらいあるんじゃないかって思えるくらい長く、スタイル抜群。
そんな彼女のことを知ったのは高校に入学してすぐのこと。
校内で話題の美人な先輩がいると噂を聞いて、友人と上級生の教室がある校舎をうろついていたところ、彼女はそこにいた。
その日は春先なのに蒸し暑く、俺は少し汗ばんでいたというのに彼女はそんな陽気もどこ吹く風というか。
実に涼しげな表情で優雅に廊下を歩く姿に、俺は見惚れた。
そして、惚れた。
これが俺にとっての初恋だった。
まさに一目惚れだった。
もう、俺の視界には彼女しか入ってこなかった。
もちろん一緒にいた友人も先輩の姿に見蕩れていたが、大体の人間はそこまでで終わる。
というのも、この氷女乃先輩という人物は男嫌いで有名なのである。
聞いた話によれば、入学早々に数人の男子から告白されたそうだけど、全員等しく無関心な態度であしらい撃沈。
告白してきた生徒の中には、学校一といわれるイケメンや運動部のエースなんかもいたそうだけど、彼らの求愛に眉一つ動かなかったそう。
あまりに冷静、というか冷淡な態度に憤慨したやつもいたそうだけど、そんな輩に対してもクールに一言、「興味ない」と言い放ったとかなんとか。
で、ついたあだ名が『氷の女王』。
彼女の本名ともかけたその呼び名は瞬く間に定着し、すぐに誰も彼女に近づかなくなったらしい。
ちなみに勉強の成績は普通だそうで、運動部にも所属しておらず、体育の授業はいつも見学している。
体が病弱だからという理由だそうだが、無駄なカロリーを消費したくないためサボっているというのがもっぱらの噂。
そんな彼女に、誰も近づこうとしない。
惚れても脈はないし、傷つくだけというのが共通見解。
だそうだが、俺には関係なかった。
なにせ、惚れたからだ。
あと、俺がプラス思考で単純なバカだからというのもある。
こんなに可愛い人を相手に、玉砕覚悟なんて当然だろうと、俺はすぐに告白することを決意した。
で、最初の告白は彼女に惚れた日の翌朝。
朝早くに正門で待ち伏せしていた俺は、先輩の姿を見かけるとすぐにかけより、
「先輩、好きです!」
と、名乗りもせずに告白してしまった。
今思えば、名前も知らない後輩から突然そんな告白されたら怖いに決まってると反省するばかりだが、あの時は必死だったんだから仕方ない。
で、結果は当然ダメ。
まるでゴミを見るような冷たい目で睨まれながら、「そ」とだけ。
そのままスタスタと校舎へ向かっていく先輩の後ろ姿は未だに脳裏に焼き付いている。
ただ、諦めが悪いのが俺という人間だ。
懲りもせず翌朝、同じように先輩を待ち伏せした俺は、反省を活かして自己紹介から始めた。
「俺、
が、しかし反応は同じだった。
「そ。で、なに?」
あまりに冷たい態度のため、俺はそれ以上何も言えず固まってしまった。
で、凍りつく俺のことなんか気にも留めない様子で彼女は行ってしまった。
この時、彼女がなぜ氷の女王と呼ばれるのかを肌身をもって実感。
その日の授業なんて、何も耳に入ってこなかった。
が、しかしだ。
めげることなく俺はその翌朝も正門の前で彼女を待った。
もちろん、ここまでしたらストーカー呼ばわりされてむしろ嫌われる可能性だって考えたけど。
元々無理なものへ挑戦することに、少々のリスクなんて気にしてる場合じゃないと。
相手への迷惑なんてそっちのけで俺は先輩が登校してくるのを待って。
「好きです! 俺、先輩が振り向いてくれるまで毎日、好きって言うためにここで待ってます! 待たせてください!」
そんな想いをぶちまけた。
はっきり言って重い。
でも、それくらい俺も真剣だった。
そして、その想いだけはなんとなく伝わったのか、それとも先輩が気を遣ってくれたのかは知らないけど。
「別に、いいけど」
そう言ってくれた。
だから俺は毎朝彼女を待つことに決めた。
雨の日も風の日も、学校がある日は必ず朝早くに正門で彼女を待ち続けた。
まあ、語彙力に乏しい俺は決まって「好きです!」「付き合ってください!」と、同じ言葉を繰り返すだけだが。
一ヶ月もそんなことを続けていたら、すっかりそれが名物になった。
ぞろぞろと登校してくる生徒たちは、今日も懲りずにやってんなあとばかりに俺を見て笑う。
知らない生徒から声をかけられたりもするようになった。
まあ、決まってみんな冷ややかな態度だったり、ちょっと小馬鹿にしたことを言ってくるんだけど。
そんなことで俺の気持ちは折れない。
あの高嶺の花と付き合うためならどんな逆風も耐えると決めたから。
一目惚れくらいでどうしてそこまでなれるのかって、友達にいじられることもしばしば。
中には、「やりたいだけだろ?」って言ってくるやつもいる。
でも、そんな不純な動機じゃない。
もちろん付き合ってあんなことやこんなことをしたいって気持ちもあるけど、それ以上に先輩に心を開いてもらいたいって気持ちが勝っている。
だから俺は先輩に拒絶されるまでは毎日この気持ちを伝えると決めた。
そして約三ヶ月もの間、それを守ってきた。
だけど、先輩の態度は今日も一向に変わらない。
「……はあ。やっぱり、ダメなのかなあ」
さすがの俺も、だんだん心が折れかけてきていたりもする。
今日もあっさり受け流されて肩を落として教室に入って。
クラスメイトから「朝のお勤めご苦労様」といじられてまた凹んで。
先輩と付き合えなかった今日という日が、また淡々と終わっていった。
◇
「……今日、こそは」
今日もいつも通り朝早くに学校へ向かい、誰もいない正門前で先輩を待つ。
ただ、どうも体調が良くない。
連日の早起きが祟ったのか、それとも梅雨時期の急な冷え込みによるものか、はたまたふられ続けて精神的に参っていたのか。
なんにせよ、体が重く気分が悪い。
でも、それでも今日もここで待つと啖呵を切った以上、やめるわけにはいかない。
もしも今日ここにいなかったら、諦めたと思われてしまう。
それに、俺の決意がその程度だったのかと思われるのも嫌だ。
何が何でも、先輩が来るまで倒れるわけには……。
「……あ、ダメだ立ってるのが辛い」
しかし気持ちだけでは体調不良に抗うことはできず。
その場に座り込んで、下を向いた。
視界がグニャグニャする。
心なしか体が熱い。熱があるのかも。
「君、大丈夫か?」
「あ、先生……ええと、大丈夫、です」
「おいおい目が虚だぞ。いいから保健室へ来なさい」
「で、でも」
「でもじゃない。いいから早く」
座り込んでいたところを、早めに学校へ来た保険の先生に見つかって連行された。
なんとかこの場に踏みとどまりたかったのだが、しかし立っているのもやっとだったので先生に逆らう気力もなく保健室へ。
そして今日、初めて先輩への朝の告白を欠いた。
保健室のベッドに寝そべって、ぐるぐる回る天井を見上げながら俺は、これで終わりだなと実感した。
先輩とは会話もろくにしたことがないし、俺がしつこく告白していただけの関係。
それでも先輩は、嫌がる素振りも見せず、俺のわがままを許してくれていた。
でも、それだって俺が真剣だからせめてもの情けをかけてくれていただけに過ぎない。
きっと、俺が正門にいないことを見て、ホッとしているに違いない。
やっと諦めたかと、笑っていることだろう。
明日になってそれを再開したところで、俺の本気さは以前のように伝わる自信もない。
「……あっけなかったな。でも、元々無理だったんだ」
喪失感に包まれながらも、なぜかやり切った充足感もあった。
そして、今までの張り詰めたものが一気に弾けたように体の力が抜けていって。
やがて自然と意識を失っていた。
◇
「嘘つき」
夢を見ているのだろうか。
ぼんやりする意識の中で、先輩の声がした、気がした。
「……ん?」
「あ。目、覚めた?」
「……氷女乃先輩!?」
俺の耳に届いた澄んだ声に反応して目を開けると、そこには俺が毎朝待ち焦がれていた氷女乃先輩の美しい顔があった。
突然のことに俺は慌てて体を起こす。
「ど、どうしてここに?」
「君に文句、言いに来たの」
「も、文句?」
ベッドの横の椅子に腰掛けてこっちを見る先輩はいつものように冷静な態度だが、しかし少しばかり怒っているようにも見えた。
初めて、感情らしきものが垣間見えたことで俺はドキッとしたが、しかし文句と言われて少し戸惑う。
先輩は淡々と話し出す。
「今日も正門で待ってるって、そう言ったのにいなかったから。嘘つきは嫌い」
「そ、それは……ごめんなさい、ちゃんと朝から待ってたんですけど体調が悪くなって」
「……わかってる。意地悪だったよね」
「せ、先輩?」
「毎日、言うんでしょ?」
「え?」
「好きって……今日は言わないの?」
「あ、いえ、でも……」
「もう、私に愛想尽かした?」
「い、いえ! そんなわけないじゃないですか」
「じゃあ、言えば?」
「……好き、です。俺、今日もちゃんと先輩のこと、好きです」
「そ。明日も正門で待つの?」
「も、もちろんです。迷惑じゃなければ、ですが」
「迷惑じゃない。でも、一つ聞いていい?」
「は、はい? なんでしょうか」
「朝にしか、会いにこないのはなんで?」
「そ、それは……あんまりしつこいと迷惑かなと」
「迷惑じゃないって言ったら、会いにくる?」
「そ、それはもちろんそうしたいですけど……え、あの、それって」
「好きなら、毎時間会いに来て。じゃないと、本気だと信じないから」
そう言って、カタッと椅子から立ち上がるたと先輩はさっさと出口の方まで向かっていく。
そして保健室の扉を開いてから、俺の方を振り向いて「毎時間、来ないと信じないから」と。
念を押すようにそう告げて、部屋を出て行った。
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