嘘つきは嫌い
保健室から教室に戻ったのは一限目が終わった後の休み時間。
早速、クラスメイトたちにいつものようにいじられる。
「おい樹、流石に諦めがついたか」
「いや、今日はマジで体調不良だったんだよ。諦めるもんか」
「ほー、タフだなあお前って。でも、エスカレートして教室まで押しかけたりすんなよ。それこそ嫌われるぞ」
「……そう、だよな」
普通、そうだと思う。
好きでもない後輩にここまでしつこく言い寄られて、それを容認してくれていること自体が奇跡だというのにこれ以上付き纏ったらそれこそ拒絶されると不安になるのが普通の考えだ。
だから俺は、朝は絶対に先輩を待つと決めた反面、それ以外は会いに行きたくても我慢してきた。
でも、先輩はなぜかもっと会いに来ないと信用しないと言っていた。
はたしてどちらが正解なのか。
その答えが見つからないまま、すぐに休み時間は終わる。
そして授業中もずっと、同じことを考えていた。
この後、先輩に会いに行くべきか否か。
ここまでしつこく言い寄ったのだから今更ためらうこともないのかもしれないし。
それに、会いに来いと言われたんだから行って文句を言われる筋合いもない。
上級生の教室に乗り込んで笑いものにされるのだってそれこそ今更な話だ。
でも、なあ。
「……昼休みか」
考えごとをしているとあっという間に授業が終わった。
そして昼休み。
俺はあれこれ考えながらも結局は先輩に会いに行こうと決めた。
そして、上級生のクラスがあるほうへゆっくりと歩いていくと、廊下の向こうから氷女乃先輩の姿が見えた。
「あ。先輩、どうもです」
「もう、体調はいいの?」
「ええ、ばっちり。あの、どちらへ?」
「君こそ、どこへ向かってたの?」
「え、ええと……先輩に会いに行こうかな、と」
「そ。じゃあ、会えて嬉しい?」
「も、もちろんです。俺、先輩とこうして話せてうれしいです」
「そ。私と話せることがそんなにうれしいんだ」
「は、はい。だって……俺、先輩のことが好きですから」
どさくさに紛れて、自分の気持ちを伝える。
不意打ちってのに女の人は弱いと聞いたことがあったのでいつかやってみたかったことでもあるが、しかし先輩は眉一つ動かさない。
「知ってる。私以外は好きじゃないの?」
「あ、当たり前でしょ。俺、先輩一筋です」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです。あの、明日も絶対会いに行きますから。それじゃ」
いつになく自然に話せている気がして、もっとこのまましゃべっていたいとも思ったけど。
これから昼ご飯だろうし、あまり邪魔ばかりしてはかえって嫌われるだろうと気をきかせて俺はその場を去る。
しかし間近で見る先輩はほんときれいだ。
あと、声もすごく癒される透明感ある感じだし。
あーあ、ほんと早く付き合えないかなあ。
でも、日進月歩ってやつでも確実に前には進んでる気がする。
こんなに先輩と会話できたのは初めてだし。
うん、明日こそは……。
◇
俺は昼休みに会ったばかりの先輩の残像を頭の中で何度も再生させながら午後の授業を消化した。
そして放課後。
今日は特に憂鬱だ。
週末、だからだ。
普通、週末なんてテンションが上がるものなんだけど俺の場合は違う。
学校がないと先輩に会えないから、休みの日は嫌いだ。
土日なんてずっと先輩のことを考えながら廃人のように部屋でゲームしてるばっか。
早く学校が始まらないかなあってそんなことばかり考えて過ごす憂鬱な週末がまた今週もやってきた。
早く先輩と仲良くなって、一緒にデートとかしてみたいものだけど。
そんな日が果たして来るのだろうか。
「……あれは?」
校舎を出て部活動でにぎわうグラウンドの端のほうをとぼとぼと歩いていると、正門に見慣れた人の姿が見えた。
氷女乃先輩だ。
腕時計をちらちら見ながら、落ち着かない様子だけど誰か待ってる、のか?
……声、かけてみようかな。
「あ、先輩お疲れ様です」
「嘘つき」
「……え?」
無表情のままだが怒ったような口調で俺に向かって嘘つきと言ってから先輩は、スッと顔をそらす。
「あ、あの……嘘つきとは?」
「嘘つき。毎時間会いに来ないと信じないって、言ったの忘れた?」
「そ、それは……あの、午後の休み時間も全部、ってこと、ですか?」
「会いたくないのなら別にいいけど。それじゃ」
「ま、待ってください先輩。あの、本当に毎時間会いに行ってもいいんですか?」
「いい。むしろ来ないと信じないから」
「……わかりました。それじゃ明日から……って、明日は休みかあ」
せっかく先輩がうれしいことを言ってくれたのに、なんと間が悪いことか。
帰ったら二日間、先輩と会うことができないなんて。
ほんと、最近は休みが多すぎるんだよ。
「明日は休み……そういえばどうして土日は会いにこないの?」
「え? いや、だってさすがに家まで行くのはどうかと。それに俺、先輩の家知りませんし」
「そ。知らないなら聞けばいいのに」
「聞いたら教えてくれるんですか?」
「うん。今からくる?」
「……え? 今から? 俺が、先輩の家に、ですか?」
「いやならいいけど」
「い、いやなわけないでしょ。でも……ほんとにいいんですか?」
「来ないと君の気持ち、信じない。それとも、誰かと予定あるの?」
「い、いえ特には」
「そ。ならついてきて」
「は、はい」
一体どういう風の吹き回しか。
俺は今日、高校に入学して初めて先輩と一緒に下校することになった。
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