意外?
「着いたわ」
いつもの学校からの帰り道は、しかし今日ばかりは全く別に道を通っているような感覚だった。
なんてことない住宅街なのに、神秘的な森の奥にいざなわれていくような、不思議な感覚。
そんなふわふわした気持ちのまま、特に先輩と何か話すこともなく、夕暮れに赤く染まった道を淡々と歩いていくと、俺の家につく少し手前で先輩は足を止めた。
「ここが……先輩の家、ですか?」
「ええ。アパートに一人暮らしなの。ここの二階の奥の部屋を借りてるわ」
「へえ、一人暮らしなんですね……って、一人暮らしなんですか?」
「そうよ。それが何か?」
「い、いえ」
「さっ、あがって」
案内されたのは三階建てのアパートの二階奥にある部屋。
外階段から上がれるようになっている、セキュリティも弱い古びた物件だ。
こんなところに一人暮らしだったんだな。
案外近所に住んでいたことはちょっと驚きだ。
「部屋、狭いけどごめんね」
「い、いえそんな……ここが、先輩のおうち……」
初めてあがった先輩の部屋。
ワンルームの六畳ほどの部屋は、高校生が二人もいれば随分狭く感じる。
それに、思ったより散らかってる印象だ。
読みかけの参考書や辞書がケースから飛び出したまま放置されていて、床に転がってるものまである。
キッチンも洗いかけの食器がたまっていたし。
案外その辺はズボラなのだろうか?
「君、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「え、ええと……コーヒー、かな?」
「そ。気が合うのね。私もコーヒーが好きよ」
「そ、そうなんですね。まあ、紅茶とかって上品で味がよくわかんなくて」
「そ。趣向が合うのね。私も、同じ感想を紅茶に抱いているわ」
「で、でも先輩は紅茶飲む姿とかすごく似合いますけど」
「……一緒はいや?」
「え? そ、それはどういう」
「ううん、なんでもない。コーヒー入れてくるから、まってて」
「は、はい」
まだ落ち着かない俺に対して、常に落ち着いた態度で先輩は俺に待っていろと言ってから部屋を出ていく。
まつ間、俺はキョロキョロと部屋を見渡す。
大好きな人の部屋に一人残されていて、落ち着いていられるはずもない。
ただ、俺としては先輩の趣味を探ったり、男がいないかを知れるチャンスとも思っていたんだけど。
いかんせんそれどころじゃなく部屋が汚い。
……でも、人のものだから勝手に触るのもなあ。
とりあえず落ちてる本くらいは本棚に戻しておこうかな。
「散らかってるの、気になる?」
コーヒーカップを二つお盆に乗せて、ゆっくり部屋に戻ってきた先輩が俺にそう聞いてきた。
「あ、すみません。勝手に触るのはどうかなと思ったんですけど」
「怠惰な女は嫌い? 幻滅した?」
「そ、そんな……むしろこういう一面もあるんだなってくらいにしか」
「そ。はい、コーヒー」
「ど、どうも」
「……」
「……」
コーヒーを一口飲みながら先輩をチラッと見るが、いつも通り眉ひとつ動かさずに静かにコーヒーを飲んでいるだけ。
部屋で男と二人っきりだというのに随分落ち着いている。
こういうのに慣れているとは思えないし思いたくもないけど、あまりに冷静すぎて、俺なんて眼中にないんじゃないかと勝手に気分が下がる。
幻滅なんてするはずないのに。
でも、先輩はもしかしたら敢えてだらしないフリをして俺に嫌われようとしてるんじゃないかとか、そういうネガティブな思考が俺を包む。
そして会話が続かない。
俺も緊張でうまく言葉がでないし、先輩の方から話題を振ってくれるなんてことももちろんない。
……だけどせっかく先輩とゆっくり過ごせるチャンスなんだ。
何か喋らないと。
「あ、あの……今日はどうして俺を家に?」
「来たくなかった?」
「ま、まさかそんな。お邪魔できて夢のようです」
「そ。なら聞くけどどうして今日は毎時間会いにこなかったの?」
「そ、それは……悪いかなって」
「悪い? どうして?」
「だ、だって……せ、先輩は、その、俺なんかにしつこく言い寄られて迷惑じゃないんですか?」
自分で言うのも変な話だけど、それだけしつこく言い寄っている自覚くらいはあった。
ただ、先輩のこととなると冷静ではいられない俺は迷惑承知で毎日しつこくアプローチをしていたわけだけど。
心のどこかではそんなの逆効果だと思ってはいた。
だから自然とそんな質問が口から出たのだけど。
「染谷君は私に迷惑かけようと思ってそうしてたの?」
不思議そうにそう聞き返されて、慌てて否定することに。
「ち、違いますよ! 俺は先輩にこの気持ちをわかってほしくて、それで……」
「うん。だったらそれでいいじゃない」
「わ、わかってくれたってこと、ですか?」
「うん」
「……そう、ですか」
まあ、あれだけしつこくすれば本気度くらいは伝わってくれたようで、ほんの少しだけホッとしてしまったが。
それでも表情を緩めない先輩を見ていると、わかった上でその態度なんだって思ってしまって心が痛む。
「コーヒー、飲まないの?」
「あ……い、いただきます」
一度ポジティブになるととことん盲目になれる俺だけど、一旦ネガティブになるととことんマイナス思考になるのも俺。
先輩は普通に聞いてきただけだけど、俺は早くコーヒーを飲んで帰れと言われてるように感じてしまい、残りの冷めたコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
「すみません、お邪魔しました」
一礼して、そのまま部屋から出る。
先輩が引き止めてくれたりしないかと期待もしたが、もちろんそんなことは起きず。
俺は、玄関から飛び出すと小走りで階段まで向かい、一気に駆け降りたあとまるで逃げるかのように足早にその場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます