朝ごはん
♤
「……」
先輩の作った朝ごはんを我が家で食べることになるとは夢にも思わなかったが、これは現実だ。
なにせ、ぐちゃぐちゃの目玉焼きがキッチンのテーブルに並んでいるのだから、これは紛れもなく先輩の料理だとわかる。
これにはさすがの母さんもドン引きするかなと心配したが、平然と「いただきまーす」なんて言って、躊躇なく箸をつけていた。
「うん、見た目はちょっとだけど味は大丈夫ね。ふふっ、料理までしてくれるなんて凍花ちゃんはいい子ね」
先輩のことを大好きな俺ですらお世辞にも上手いと言えない料理を、母さんは簡単に褒めながら笑っていた。
人間の器の違いなのかとも思ったが、しかし母さんの笑顔は固い。
無理はしているようだ。
ということはつまり、先輩に気を遣っているということだろう。
「そう、ですか。見た目もがんばります」
「ふふっ、頑張って。でも、自信持っていいわよ」
「はい。私、頑張ります」
先輩も、いつもよりは明るめに母さんと会話をしている。
女性同士だから俺よりも話しやすいのだろうけど、俺には見せない柔和な表情を見ると、母さんに少し嫉妬してしまいそうだ。
「ほら、樹も早く食べなさい。片付かないでしょ」
「わかってるよ。いただきます」
母さんは何かと先輩の方を見ながら、その様子を伺っているように思える。
単に客人だから気を遣ってるのか、それとも何かあったのか。
いや、俺の彼女だと思ってるからだろう。
でも、そんなことを聞きたくても、先輩がい?中でそんな話題は出せないし、母さんがいるから逆に先輩に話しかけるタイミングも掴めない。
それに、昨日はずっと二人っきりだったからあれこれ喋ることもできたけど、改めて先輩に何を話せばよいのかも、わからなくなってくる。
まあ、母さんは昼にはいなくなるみたいだし、それまでに誤解を解いて、先輩にもちゃんと謝っておこう。
「……ごちそうさま」
さっさと食べ終えて、食器を片付ける。
すると先輩も席を立って、自分の食器を片付ける。
そして、俺の後ろから食器を洗い場に置きながら、
「美味しかった?」
と、小さな声で聞いてくる。
「はい、美味しかったですよ」
「そ。昨日はあれからどこにいたの?」
「あれから?」
「ここに戻ってから。部屋にいなかったから」
「あ、ああそれなら、足を洗ってからリビングにいました」
「そ。足、洗ったんだ」
「まあ、汚れてましたから。それがなにか?」
「ううん、綺麗になったなら大丈夫」
先輩は頷いて、再び席に戻ると母さんと何かを話し始めたが、水の流れる音であまり会話は聞こえなかった。
♡
「……もう大丈夫みたいです」
「そう。ごめんね、うちのバカ息子が心配かけて。ほんと、凍花ちゃんみたいな可愛い子がいるってのにフラフラ遊んでるなんて樹ったら何考えてるのかしらね」
「いえ、私も悪いので。彼にちゃんと愛情を届けてあげないから、寂しかったのかな、と」
「いい子ねえほんと。じゃあ、買い物は私がしてくるわ。二人でゆっくりしてなさい」
「はい」
染谷君のお母さんは空気を読んでくれてそのままキッチンを出て行った。
染谷君は、食器を洗ってくれている。
その後ろ姿をじっと見つめながら、微笑んでしまう。
ちゃんと、悪い女から足を洗ってくれたみたい。
こそこそしてたのは、私がいるからその女と縁を切ろうと頑張ってくれてたんだね。
だったら、私も寛容にならないと。
今回は許してあげる。
綺麗になった身の彼なら、許してあげないと。
でも……。
「次がないように、けじめはつけないとね」
彼にそう語りかけたけど、少し遠くて聞こえていない。
今はこの家で二人っきり。
後ろから抱きしめてあげようかな。
目隠しして、脅かしてみようかな。
それとも。
背中に刃物でも当ててみたら、ちゃんと反省するのかなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます