待ってる


 母さんが出て行ったあと、先輩と二人っきりになったところで俺は先輩にまず、謝った。


「すみません、なんか朝ごはんまで作らせてしまって」


 謝るのが正解だったのかはわからないが、それでも気を遣わせてしまったのなら申し訳ないなと。

 しかし、先輩は首を横に振った。


「ううん、大丈夫。素敵なお母さんだね」

「そうですか? まあ、サバサバしてるのは楽ですけど」

「うん。もう、部屋で休む?」

「いえ、せっかく先輩が来てくれてるのにそれは……先輩こそ、帰らなくて大丈夫ですか?」


 と、聞き返したところで先輩の表情が曇る。

 ムッとした様子で、俺をじっと見てくる。


「……」

「あの、何か?」

「ううん、別に。一人の方が落ち着く?」

「え? いや、俺は、その……」


 俺からすれば、先輩こそこんな他人の家に放置された方が落ち着かないだろうと気を遣ったつもりだったけど。

 どうやら、先輩がここにいることを俺が迷惑がっていると思って気分を害したようだ。


「すみません、俺は先輩がいてくれた方が嬉しいです」

「そ。なら、もう少しここにいるから」

「本当ですか? あの、本当に迷惑とかじゃありませんか?」

「なんで?」

「いえ、その……」


 先輩の変わらぬ淡々とした態度を見る限り、俺に惚れたなんて線はもちろんあり得ないだろうけど、どうやら以前よりは俺に心を開いてくれていることは間違いないようだ。


 まあ、掃除もしてあげたし一日中一緒にもいたから、多少は親密度が上がったというか、警戒心が解けてきたってところだろう。


 ……順調だ。

 今まで、どうやって押してもびくともしなかったのに、ここにきて先輩と少しずつ仲良くなれている感触がある。


 うん、ここからが本番だ。

 ちゃんと俺の誠意を伝えながら、もっと先輩と仲良くなってそれで……。


「染谷君」

「は、はい」

「おやすみの日はいつも何してるの?」

「休みの日、ですか?」

「うん。なにしてるのかなって」

「……うーん」


 なんてことない会話だけど、先輩の好感度を下げたくないと思ってしまう俺は考え込む。


 休みの日に何をしているか。

 それこそ、部活に励んでいるとか読書とか映画鑑賞なんて知的な趣味があればいいのだけど。


 俺は生憎部活なんてやってない。

 だからこそこうして休日は家でダラダラしてるわけだ。


 で、家にいて何をしているかといえばアニメを見たり漫画を読んだりの程度。


 オタクってほどでもないし陰キャラってわけでもないと思ってるけど、友達と出かけたりアウトドアを好むわけでもない。

 まあ、何もないってのが俺だ。

 

 そんな自分の生態を晒して、幻滅されたくもない。

 そう思って言葉を選んでいると、先輩は首を傾げる。


「いえないの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど」

「言いたくないの?」

「……あんまりこれといってしてること、ないかなって」

「誰かと遊んだりは?」

「それは……ないですね。友達とも学校で話す程度ですし」

「誰かが家に来たりは?」

「うーん、父も母も仕事の人とか連れてくることありませんし」

「学校の友達って、男の子?」

「? はい、そうですけど」

「グループで遊んだりもないの?」

「うーん、あんまり団体で動くの得意じゃないですし」

「そ。わかった」


 何が聞きたかったのかはわからないけど、なんとなく納得した様子で先輩は何度か頷いてから、そっと立ち上がると、コンロの前に立って「コーヒー、入れるね」と。


 その時、先輩は少しだけ目尻を下げた。

 微笑だったけど、たしかに先輩は笑っていた。


 その笑顔に俺は固まった。

 あまりにも儚げで綺麗で、神秘的なその表情に俺は。


 もう、虜になっていた。



「……」


 やかんのお湯が沸騰するのを待つ私を、彼はずっと見つめてくれている。


 とても可愛い。 

 よかった、彼の周りには誰もいないんだ。

 私も、いないから。

 いつも孤独で、寂しかったから。

 彼が私と同じでよかった。

 

 私には誰との思い出もないのに、染谷君にだけ私の知らない誰かとの思い出があるなんて、ヤダもん。


 そんなことを考えるだけで胸が苦しくなるし、もしそうだったらこのお湯を彼にぶっかけてしまいそうになる。

 

 浮気、してなかったんだ。

 よかった。

 ちゃんと、一途なんだ。

 それがわかると、また、彼への気持ちが大きくなるのがわかる。


 ……好き、なんだ。

 私も、彼のことが好き。

 次に彼から告白されたら、ちゃんといいよって返事しないと。


 告白、待ってるから。

 今日のうちに、ちゃんと告白してくれるの、待ってる。


 もう、付き合う準備はできてるからね。

 付き合ったらまず、結婚式の日取りから考えようね。

 あと、服は全部お揃いにして、私の部屋と彼の部屋にそれぞれ同じ家具を置いて、歯ブラシもお互いのを揃えないと。

 寝る時は手を繋いで、登下校も一緒にして。


 でも、そうなったら学校で会えない時間が辛いから、待受もお互いの写真にして。

 休み時間はずっと一緒で、お昼休みは毎日私のお弁当。


 うん、決まり。

 全部お揃いだから。

 やっぱり、お互いの名前をどこかに刻んだりしたほうがいいのかな。


 その方が悪い虫が寄ってこないかな。


 うん、それもいいかな。


 さっ、早く告白して。


 待ってるよ。

 

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