約束
♤
「……」
先輩が俺をじっと見ている。
コーヒーを飲む俺を、上目遣いでじっと。
「……あの、何か?」
「ううん、別に。コーヒー、好き?」
「え、ええまあ。先輩こそ、ブラックでいいんですか?」
「うん。苦味あるの、嫌いじゃないから」
「そう、ですか」
会話をしている間も絶対に俺から視線を逸らさない。
あまりに見つめられすぎて、緊張で手が震える。
とてもじゃないけど、こんな状況で気の利いた話題を見つけるなんてできない。
黙ってコーヒーを飲みすすめる。
そして、飲み干そうとしたところで先輩が、「染谷君」と呼んできた。
「はい?」
「染谷君、今日の予定は?」
「特にありませんよ。ダラダラするだけかなと」
「そ。明日は?」
「明日ですか? 学校ありますし、普通に放課後はまっすぐ家に帰るだけかなと」
「誰と?」
「誰って……別にいつも一人ですけど」
「ふうん」
先輩はうんうんと頷いてから、コーヒーをグッと飲み干した。
そのあと、また俺の方をじっと見つめながら、また、「今日の予定は?」と聞いてきた。
「え? いや、さっき話した通りですけど」
「それだけ? ほかにない?」
「ほかにですか? うーん、特には」
「……わかった」
なぜか、少しイラついた様子で強めにグラスを置いてから、先輩はさっと立ち上がると部屋を出て行ってしまった。
何か気に障ることを言ったのかと思って、慌てて先輩を追いかけると、廊下で一人立ち尽くしている先輩の後ろ姿が見える。
「あの、俺なんか変なこと言いました?」
「別に。この後、何も予定ないんだよね」
「え、ええ。それがなにか?」
「何も、予定ないんだよね?」
「……はあ」
まるで俺に何か予定がないといけないように話す先輩だけど、俺には何が何やらさっぱり。
ただ、機嫌が悪いことだけはわかる。
しかしこういう時にどうやって機嫌を取れば良いのか俺は知らない。
彼女なんていたこともないし、兄弟姉妹もいないから喧嘩なんてものも経験がない。
一つわかっていることとすれば、このままだとまずいということだけ。
せっかく先輩とお近づきになれてきているのに、理由もわからずに不機嫌にさせてしまうなんてことは望んでいない。
必死に考えた。
で、必死に考えた結果、これといって解決策が出てくるわけもなく、咄嗟に口にしたことが。
「あの……俺、先輩のことが好きだから他の人と遊びたいなんて思えないんです」
これだった。
だからなんだって話だ。
先輩が彼女であれば、こんなことを言ったら喜んでくれるかもしれないわけだけど、俺はずっと振られ続けてきた立場だ。
むしろこんなことを言ったら重いとか気持ち悪いとかって思われる可能性もある。
言ってから後悔した。
しかし先輩は、
「……好き?」
ようやくこっちを振り向いてそう聞いてくれた。
「はい。俺、先輩のことが好きです。だからこうやって先輩とお話できてるだけで満足というか、ほかに予定なんてあってもキャンセルします」
「……ほんと?」
「ええ、誓って……って、すみませんなんか変な話になって」
「ううん、いい。じゃあ、部屋でお話する?」
「え、いいんですか? あの、怒ってないですか?」
「どうして?」
「……いえ、別に。じゃあ、飲み物運びますので部屋、上がってます?」
「うん、そうする」
先輩は静かに頷いてから、ゆっくりと廊下を進んで奥の階段を登っていった。
最後に振り向いた時の先輩は、怒っている様子ではなかった。
どうやら、機嫌を損ねずに済んだようだ。
「……ん?」
ホッとしたところで、先輩がさっきまで立っていたところに何かが落ちていたことに気づいた。
「……紐?」
紐だ。
新聞紙とかを縛る用の。
なんでこんなものが? と、不思議に思ったけどすぐにわかった。
片付けをしていた時のものだ。
きっと、先輩のポケットにでも入ったままだったのだろう。
「……ふう。とりあえず、飲み物の用意だな」
先輩がまた、俺の部屋にいる。
そう思うと、体が熱くなる。
もっと色々話したい。
先輩は、俺に予定がないかと何度も聞いてきたけど、先輩こそ休日はなにしてるんだろう。
うん、その辺を聞いてみよう。
♡
「……いじわる」
好きって言ってくれた。
好きって言ってくれる予定がないなんて言って、私を困らせておいてから不意打ちなんて、意地悪な人。
それに、付き合おうとか、そんな話はせずに。
ほんと意地悪。
でも、ちゃんと好きって言ってくれてよかった。
言ってくれなかったら私……
「思わず、縛っちゃいそうだった」
掃除の時に使った紐を使って。
彼をグルグルにしちゃいそうだった。
ふふっ、そんなことしなくてもちゃんと好きって言ってくれてよかった。
「早く部屋に戻ってきて。早く」
早く。
早く、付き合おうって。
言ってくれないと私……今度は縛るくらいじゃ済まないかもだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます