開幕


「……ん?」


 目を覚ますと、眩しい日差しが窓から差し込んでいた。


 どうやらリビングのソファで眠って……


「あ!」


 しまった。

 先輩を部屋に置いたままだ。


 いや、しかしまだ時間は朝六時過ぎだ。

 さすがに寝てるだろうし、母さん達は今日も仕事でいないはず。


 とりあえず、昨日の緊張のせいか喉がカラカラだ。

 リビングを出て、廊下を挟んで向いにあるキッチンへ。


 しかし電気がついている。

 誰かいるのか?


「あら、おはよう。樹ったらもう起きたの?」

「母さん? 仕事は?」

「こら、その前におはようでしょ」

「あ、おはよう」

「うん。今日は仕事、午後からにしてもらったのよ」

「ふうん。珍しいね」

「それ以上に珍しいことがあったからじゃない。ねえ、凍花ちゃん」


 キッチンで洗い物をしながら俺の方を向いて話す母さんは、くるっと振り返って奥の方に呼びかける。

 するとキッチンの裏にある部屋から先輩がゆっくりと姿を見せる。


「あ……」

「なによ樹、その顔は。別に誰をいつどこに連れてこようと母さんは文句なんて言わないけど、こそこそするのはよくないわよ」


 怒った様子ではなく、呆れたように笑いながらそう話す母さんは、その後で先輩に向いて話し始める。


「凍花ちゃん、朝ごはんの支度が終わったらお買い物いきましょうか。あと、お昼からはゆっくりしてていいからね」

「はい。それでは、あとは私が代わりますね」

「あらそう? じゃあ、樹、ちょっといいかしら」

「俺?」


 母さんと入れ替わるようにキッチンに先輩が立つと、エプロンを外しながら母さんは俺を奥の部屋に手招きする。


 まあ、呼ばれるのは無理もない。

 朝起きたら俺の部屋に知らない女の子が寝ていたのだから、事情聴取されるのは当然だろう。

 怒ってる様子ではないが、まあ、誤解ないように説明しよう。


 ……ていうか、先輩と随分親しげに話していたけどさっきの間に仲良くなったのか?


「あのさ母さん」

「樹、言い訳はいいからちゃんとしなさい」


 奥の部屋に入るや否や母さんの表情が険しくなった。


「……ごめん母さん、先輩とは別に」

「別にそれを怒ってるわけじゃないわよ。でも、ちゃんとしなさいっていいたいの。わかる?」


 母さんは諭すように俺に言う。

 ただ、ちゃんとするも何も俺と先輩はそういう関係じゃない。


 だからきちんと説明すればわかってくれるはずだと、俺は話を続ける。


「ええと、先輩は俺を家に送ってくれたんだけど夜だから逆に帰るのが怖くなってそれでたまたま」

「何言ってるのよ。女の子を泊めておいて、知らん顔なんてことをするのはダメよって、そう言ってるだけよ。あなた、ちゃんと凍花ちゃんのこと、好きなの?」


 詰められるように母さんに言われて、俺は首を傾げる。


 何の話? と思ったけど、どうやら母さんは俺と先輩の関係を誤解しているんだとすぐに理解した。


 もちろん、誤解をそのまま放置するはずもない。

 すぐに弁明する。


「母さん、俺と先輩はそういう関係じゃなくてだな」

「樹、言い訳はいいの。家にまで泊めておいて今更知らん顔なんて、そんなことをするような子はいくら私でと許さないわよ。いい? ちゃんとしなさい。わかった?」

「……それは、だから」

「どうなの?」

「わ、わかったよ」


 母さんの圧に押し切られる形で俺は頷いた。

 けど、母さんの誤解を解くには至らず。


 結局、俺が先輩を連れ込んであんなことやこんなことをしていたのだと母さんは思い込んでいる様子だ。


 正直参ったなと思ったけど、たしかに状況的にはそう思われても仕方ないし、それに、母さんの言う通り家に泊めておいてただの先輩だから関係ありませんでは通用しないってことも、理解はできる。


 ちゃんとしないと、か。

 俺はもちろん先輩と付き合えるなんてことになればきちんとするつもりだし、なにより今だって一途なつもりだ。


 でも、先輩が俺の気持ちに応えてくれないままなんだと。

 そんな説明も今の母さんには通用しないかなと。


 頭をかきながら、どう言えばいいかと悩んでいると。


「ご飯、できましたよ?」


 先輩がおれと母さんを呼びにキッチンからやってきた。



 ごめんなさい染谷君。


 私、お母さんに、染谷君が浮気してるかもって話、しちゃった。


 初対面なのに、とても親身に相談に乗ってくれるお母さんはいい人。

 私は口下手だから伝えたいことの半分も言えなかったのに、私の言いたいことをちゃんと汲んでくれた。


 染谷君を責めるつもりはないけど、染谷君が変な女に騙されないか心配なの。


 ねっ、わかってくれる?

 ちゃんとあなたのご両親ともうまくやるし、朝ごはんも私、ちゃんと作るから。


 だからよそ見したらダメ。

 私を置いて部屋からいなくなるとか、したらダメだよ?


 今日も。

 ちゃんと、ここにいるからね。

 だから、今日はちゃんと部屋で寝てね。


 お母さんには、今日も泊まること、ちゃんと話してるから。


 夕食はみんなで一緒に、だって。

 ふふっ、楽しみ。

 さて、二人を呼びに行かないと。


「ご飯、できましたよ」

 

 

 

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