おやすみ


「……あの、お茶でも飲みます?」

「ううん、大丈夫」

「はあ」


 真夜中に先輩が部屋にいるというこの状況に、俺はひどく動揺していた。


 しかし先輩は眉ひとつ動かさずに、普段通りの淡々とした態度のまま。


 このあと、果たしてどうすることが正解なのかと必死に考えても答えが出ない。


 そして、足が痛むのでベッドに腰掛けると。


「横、いい?」


 先輩が俺の隣に座ってきた。


「あ。あの」

「もう、こんな時間だね。眠くない?」

「さ、さっき寝たから大丈夫ですよ」 

「そ。でも、私はすこし眠いかな」

「……送っていきましょうか?」

「ここで寝たらまずい?」

「……へ? こ、ここで、ですか?」

「うん。ベッド、借りてもいいかな?」

「……さすがにそれは」

「いい?」

「……はい」


 今更帰れとも言えるはずもないし、別に帰ってほしいわけでもない。

 しかし、こんななし崩し的に先輩を俺のベッドに寝かせるなんてことがあっていいのかと葛藤はあったが、どうすることもできず。


 先輩のために布団を捲ると、先輩はそっと長い足を布団の中へ入れる。


 そして、


「電気、消してくれる?」


 小さくそう呟いた。


 俺は慌てて明かりを暗くした。

 真っ暗、ではなく常夜灯にしたのはいつもの癖。

 先輩は薄暗くなると、「おやすみなさい」と言って目を閉じた。


「あ……もう、寝たのか?」


 さっさと寝てしまったのか、先輩は静かになった。

 薄暗くて表情は朧げだけど、すーすーと寝息が聞こえる。

 疲れていたのだろうか。

 でも、明日ここから先輩をどう逃すかについてはあとで考えるとして、とりあえず先輩が眠ったのでひと段落。

 今日がようやく終わる。

 そう思うと、急に足の裏が痛くなってきた。


「いてて……絆創膏でも貼りにいくか」


 先輩が寝てる今、別に家のどこをウロウロして親に見つかろうと知った話ではないが、それでもぼろぼろの足のことなどを何か聞かれてもまずいからと、明かりをつけずに忍足で再び一階へ降りる。


 足を洗って、治療して、そのあと俺はリビングで仮眠でもとろう。


 そして、朝早くに出かける両親と先輩が鉢合わせるなんてことだけないように、ちゃんと先に起きないと、だな。



「……やっぱり」


 私を置いて部屋を出て行っちゃった。

 耳をすませば、シャワーの音が聞こえる。


 誰と会うのかなあ。

 こんな遅くに、私を置いて誰のためにシャワー浴びてるのかなあ。

 やっぱり、ついてきてよかった。


 染谷君が、悪い女にたぶらかされてる。


 いけない人。

 私がいるのに。

 私が、ベッドにいるのに。


「……」


 でも、私がちゃんと染谷君に現実を見せてあげないと。


 私しかいないよって。


 おうちにまで連れ込んだんだから、責任とってもらわないと。


「まずは……染谷君のお母さんから、かな」


 早起きしないとね。

 うん、この布団、染谷君の匂いがする。


 気持ちいい。

 ちょっとだけ、私の匂いもつけちゃう。


「おやすみ。明日が楽しみ」

 

 



 

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