このまま

「染谷君、あーん」

「……」


 学校を早退してから、どれだけ時間が経っただろう。


 今は夜だってことだけは、窓の外が暗くなったからわかるけど。


 母さんもまだ帰ってこない。

 父さんも。

 そして、ずっと先輩は横にいる。


 俺の隣に。

 鎖で繋がれたまま。


「どうしたの? 食べないの?」

「……あの、いつまでこうしてるつもりですか?」


 ついに聞いてしまった。

 おそらく帰って手錠で繋がれてから六時間以上は経過しているが、その間ずっと俺は先輩が持っていたチョコレートをゆっくり口に運ばれ続けている。


 最初は甘かった。

 途中で飲ませてくれた水もさっぱりして、またチョコレートを欲した。


 でも、もう何を食べているのかもよくわからない。

 満腹感で苦しいのに、全然満たされていない不思議な感覚。

 過剰な糖分でクラクラするのに、なぜか居心地が悪くない変な感覚。


 もう、先輩が何をしたいのかもわからない。

 俺はただ、ひたすらに口を開いてはチョコレートを頬張るのみ。


 それでも限界はやってくる。

 さすがにもう、食べられない。


「先輩……俺、もうお腹いっぱいです」

「もう満足したの? それとも、飽きた?」

「……飽きるとか、そう言うのじゃないですけど」

「そう。なら、もう一口だけ。ねっ、私のこと、好きなんだよね?」


 先輩がもう一口チョコレートを俺の口に入れる。


 そして俺は、それを噛み締める。

 もちろん甘い。

 甘いけど、どこか苦い。


「……先輩、そろそろ手錠を」

「どこか行きたいの? このままでよくない? ねえ、なんでそんなに私から離れようとするの?」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「なら、このままでいいね。うんっ、今日はずっとこのまま。染谷君、体調悪いから私がずっとそばにいてあげる」


 ずっとそばに。

 大好きな先輩からそんなことを言われると、胸がドキドキするのは変わらない。


 動悸がおさまらない。

 息ができないほどに、心臓が脈打つ。


 鳥肌が立つ。

 背筋が凍る。


 甘いはずなのに。

 なぜか。


 俺は、早く明日が来て欲しいと願っていた。


 

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