約束だからね

 明日はやってきた。

 気がつけば眠っていて、朝になっていた。


 そして、先輩はやはりそこにいた。


「おはよ。今日は学校行く? 行きたい? 行きたくないよね? 体調悪いもんね」


 俺に問いかけてくる先輩は笑っていた。

 俺は、もう少しだけ寝たいという気持ちを我慢して、起き上がった。


「……あの、昨日はずっとここに?」

「そうだよ? 染谷君が心配だからずっといたの。迷惑だった?」

「いえ……」


 迷惑なんかじゃない。

 むしろ嬉しいのだ。

 憧れだった先輩が今は俺の彼女として、隣にずっといてくれるのだから。


 でも。

 そうじゃない。


「あの。俺、ちゃんと学校行かないと。あと、先輩も学校行かないと。ええと、絶対誰とも喋りませんし休み時間になったら先輩にすぐ会いにいくしラインだってずっと」

「ほんと? 約束破ったら? そしたらずっとここにいる?」

「……はい」


 このやりとりで俺は、なぜか確信を持ってしまった。


 先輩は俺と別れる気がない。

 それは、とても嬉しくてありがたくて幸せなことのはず、なのに。


「どうしたの? さっ、ご飯食べよ?」

「……はい」


 俺に手を差し伸べる先輩を見て、俺は理解した。

 もう、先輩から逃れる術はないと。


 好きな人から逃れる、なんておかしな話だけどそういうことじゃなくて。


 俺にはもう、先輩と過ごす時間しかないことを悟った。


「えへへ、染谷君ったら真面目なんだから。学校なんて何日か休んでも全然大丈夫なのに。だからね、そんなに心配そうな顔しないで? ねっ? ほら、体調のほうが大事だし」

「……わかりました。でも、手錠は外してもらえないと肩凝っちゃって」

「辛かった? ごめん。もう、必要ない?」

「ええと、はい」

「ほんと? この手で触れていいのは私だけだよ?」

「も、もちろん」


 何度も必死に訴えて、俺はようやく手錠を外してもらえた。


 両手は解放されて楽になった、はず。

 だというのに、むしろ俺の手はその行き場に困る。

 自由を失う。

 

「触れていいのは私だけ。お箸も、リモコンも、お茶碗もだめだよ? 寝る時にお布団に触れちゃうのは仕方ないかなあ。私と一緒だし、それはいいけど」


 触れてはいけないもの。

 それはこの世のほとんど全てのもの、だとか。


 そんなことを言われたらもう、いっそ手足を縛ってくれたほうが楽な気さえしてきた。


 俺に自由はない。

 いや、自由になろうと思えばそうなれるのかもしれないけど。


 そのために一体どれだけのリスクを背負えばいいのか。

 いつになくご機嫌な先輩を見ながらそんなことを考える。


 そして。


「はい、玄関あけたよー。学校いこっか。あ、もちろん最低限の荷物とか筆記用具は触っていいからね。最低限の、ね」


 ようやく、外に出ることができた。


 しかし、昨日までと同じ道も、晴れ渡った空も、なにもかも。


 俺には白黒に見える。

 もう、俺の住む世界が一変してしまったことを実感しながら、一歩一歩学校へと足を向けた。


 

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氷の女王と呼ばれる高嶺の花に毎朝告白を続けたら、病んだ 明石龍之介 @daikibarbara1988

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